第32章 追憶
「水澤。このオーディション受けるように。」
リストをペンで叩く。
「え?」
「こんなに無理です!」
「はぁ?俺が選んだんだ。」
「文句あんの?」
もう一度強く叩く。
「ない…です……すみません。」
そんな顔するなよ…。
ここは励ますとこかな。
息を混ぜて、優しく声を掛けてみる。
「大丈夫。水澤なら出来るよ。」
微笑めば、驚いた顔。
「相変わらず曹くんは、怖いわねー?」
透き通るような優しい声が聞こえた。
「能登さん。事務所に来るなんて珍しいですね。」
「あら。そう?曹くんがいつも外に行ってるからじゃない?」
「働き蟻は忙しいんですよ。」
「あらあら。新人さんかしら?」
「水澤日菜乃です!先日より準所属となりました!宜しくお願いします!」
「日菜乃ちゃんね。覚えておくわ。」
「曹くんは厳しいけど、信じて付いていってあげて。」
「でも。あまりにもヒドかったら、後ろから蹴り飛ばしても良いからね。」
「能登さん!変なこと吹き込まないでくださいよ。」
「あらー。怖い怖い。じゃあ、私は行くわ。」
「可愛い日菜乃ちゃん。またね~。」
締め切りの部屋に春風が吹き込むよう。
「森本さん!私やります!」
「そう。やるなら本気でな?」
「おっと。そろそろ時間だろ。」
「そうでした!では行って来ます!」
長い黒髪をなびかせて、フロアを走る。
「何か垢抜けないんだよな。」
デスクに無造作に置かれたファッション誌を広げる。
「見た目から変えてみるか?」
イスの背もたれに体重を掛けて伸びをする。
「森本さん大丈夫ですか?」
「ん?大丈夫だよ。楽しくなりそうだからね。」