第4章 めぐりあい
わけが分からない、そんな顔したまま微動だにしない男の目の前にもう一度錫杖を突きつける。りん、という音がか細く響いた。
「辛いことがあったのだろう。私たちがあげる経では救えない悩みもたくさんあっただろう。仲間の多くが堕落した生活を送っていることも重々承知している。」
だがな、そう言った後に彼はもう一度男を見下ろす。ぽかん、と口を開けている彼の顔はとても感情が分かりやすく表れていた。信じられない、と言いたげなその顔をよく見るため彼はその場にゆっくりとしゃがんだ。
「だがな、何の咎(とが)もないお嬢さんに手を出す必要はないだろうな。それは貴賤(きせん)の関係なく、重い罪を背負う行為だからだ。もしもお前の大切な女子(おなご)がこんなことをされたら…どうだ?」
そんな風に問いかけながら彼は男の顔をじっと覗きこむ。くしゃり、と歪んでいくその顔に次々と涙が浮かび、頬をつたっていくのが見えた。
この男なら、大丈夫だ。
あの男とは違う。
鼻を大きくすすり、肩を震わせながら泣き崩れる男を見つめながら彼は静かに微笑む。そして錫杖を支えにしてすくり、と腰をあげると男の背後の茂みに目をやる。ひっ、と情けなく弱々しい声が聞こえたことに構うことなく彼は静かに告げた。
「この男を頼むぞ、お前達のこれからを私は仏に祈ることを約束する。」
互いに目を見合わせ、こちらを向いた男達は大きくうなずくと深く頭を下げた。すんません、ありがとうございます、ぼそぼそと繰り返し聞こえるその声に苦笑すると彼は再び口を開いた。
「一度しか言わない、と言ったはずだ。」
「ここを立ち去れ、死にたくなければな。」