第3章 めざめ
空気が変わる、と表現すればいいのだろうか。木立の中からそれが現れたとき、わずかに風の動きが強くなり、枝葉がざあざあと音を立てて揺れる。
本殿を囲む木立の後ろから現れたそれはひどくゆっくりとした歩みでこちらに近寄ってきた。石が敷き詰められているはずの境内を音もなく静かに歩くそれは月の光を背にしているせいか輪郭が白くぼんやりとしている。
まるで蛍のように内側から光を発しているようにも見えるそれを、半ば放心した状態でいた優希の目がとらえた。
はっと優希が気づいた時にはそれはほんの数メートル先の方まで来ていた。普段は胸元で静かに鳴っているはずの鼓動が鼓膜を刺激し、ドクンッと身体全体が心臓になったかのように震える。なぜか苦しいほどの喉の渇きを覚える。
ぴたり、と歩みをとめるそれ。今まで遠くからしか見かけることができなかったが、今は細部まで確認できるほど近くにそれはいた。
優希は乾いた口に広がっていた苦い唾をごくり、と飲み込む。喉につっかるような感触に僅かに顔をしかめながら目の前のそれを食い入るように見つめた。