第3章 めざめ
それはとても幻想的で、美しい光景だった。
大きな灯籠(とうろう)のなかでぱちぱちと燃えている橙の火とその動きにあわせてゆらゆらと揺れる火影(ほかげ)。灯籠から漏れた灯りがあらゆるものを照らし、月の光を失った夜の闇の中からぼんやりとそれらを浮かび上がらせていた。整然と並べられた格子状の石畳や手水舎(ちょうずや)、注連縄(しめなわ)や風に吹かれて静かに揺らいでいる紙垂(しで)。様々なものが夜の闇と淡い光をまとってそっと佇んでいた。
手水舎に備えられた石の水槽から、こぽこぽと音をたててわき出る水もまた、灯りを反射してきらきらと輝いていた。水槽を満たし、ふちまでわき上がったそれは鈍く光る水槽の壁をつたう。そしてつやつやと黒く輝く石が敷き詰められた床に向かってぽたり、と音を立てて落ちていく。
さっきまで昇っていた階段に暗い影を落としていた木立は左右にわかれるかのように広がっていた。そして奥にある大きな本殿を後ろからぐるりと囲み、わずかに橙色に染まったそれに淡い影を落としながらひっそりと生えている。
(こんな所が階段の先にあったなんて……。)
上手く言い表せないその光景の現実ばなれした美しさと神々しさに優希は見とれていた。さっきまで感じていた手足の痛みや暗闇に対する恐れ、風の冷たさはもう気にならなくなっていた。いつの間にか足元に置いていた重いスーツケースのことも、追い求めていた人のことすら、優希は忘れていた。
ぼんやりと眺めていた優希の頭上で雲がゆっくりと流れ行く。その奥に隠れていた月が待ちわびたように姿を表した。
本殿を囲む木立の奥で。
人影が、動いた。