第3章 めざめ
(どうして逃げるの?それに貴方は誰?)
どうしてそんな服を着ているの?どこに行こうとしているの?どうして私が追いつくまで待ってくれないの?
そんな問いが頭の中でぐるぐると回っていくのを感じながら優希は走った。追いついたと思えばそれは奥の角にするり、と消えていく。じゃあそれの姿を見失うかと思えばそんなことはなかった。
まるで自分の姿を確認させるように一定の間隔を開けて行われているこの奇妙な追いかけっこに優希の体のあちこちは声にならない悲鳴をあげていた。息が苦しい。スーツケースやショルダーバッグが重い。お腹の奥がキリキリ痛い 。足に力が入らない。目の前がだんだんぼんやりと白くなっていく。
(もう、走れない…どこまで行くの…疲れたよ…)
そう思っているのに、それを見つければ追ってしまうのはなんでだろう。何でこんなになってまであの子を追うのだろう。
(うまくいえない、けど)
少し先に見える角にまた消えていったそれの姿を思い出しながら優希は立ち止まる。前屈みになって震えていく膝に手を添えると荒く息を吐いた。吸い込んだ冷たい空気が身体の中を駆けめぐる。まるで刃物のように鋭利なその感触に優希は思わず顔をしかめてしまう。
痛いのに、苦しいのに、もうしゃがみこんでしまいたいのに。
なぜなんだろう。
(あの子を…追わないといけない気がする。)
追い付かなくちゃ、そう呟くと側に置いたスーツケースとショルダーバッグを再び持って曲がり角へとゆっくりと走り出した。