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第6章 ひとつ 吉太郎の語り ー焦げ白銀(しろがね)という雨垂れー


バカ野郎。そんな花ン事なんざ気にしてンじゃねえやィ。

体ァ半分に縮むんじゃねェかって思った。うっかり手のごい(手拭い)ン吸われて絞られたみてェに、ぎゅうぎゅう締め付けられた気のした。
あっちこっち痛ェ。胸苦しい。


思い返しゃア情けねえ気のする。


俺ァ焦ゲんヤツを止められた。
めそついてなけりゃ止められたんだ。

…いや、そらねェか。どっちみち焦ゲァいく気だったんだろうから。


アッと思ったときにゃ、焦ゲんヤツァ桶に突っ込まれた竜胆にひっついてやがった。

吉、世話になったよし。

明るい顔して焦ゲァ笑ってた。

お前はんの軽口叩きもて柔こい性根な(軽口を叩きながらも優しい心根)、わしにゃ好もしかったよし。きっと息災で恙無う過ごしや。
たんと楽しい過ごしたら、いつか海へ下るのし。天に還るのし。永く在れや、吉。

竜胆が水ゥ滴らせながら上がってく。俺ァ呆けて焦ゲェ見送った。

こんなモンなのかィ?
俺ァテメェんこと、連れだてェ思ってたんだぜ、焦ゲ。何でェ、テメェにゃこンくれェ(このくらい)のモンだったのか?どいつもこいつもふざきゃアがって。(ふざけやがって)
俺ァ置いてけ堀ァでェきれェ(大嫌い)だ。

ひろァ竜胆を焦ゲごと髪ィ差した。

あぁ、焦ゲんバカが。

……チクショウ、良かったなぁ…。

桶ン底で息ィ詰めてたのァこうしたかったからだろ。

竜胆ァひろン結い上げた前髪ン束に納まって、したした小雨に露を滴らせてる。
そこィうっかり焦ゲんヤツがいねえかと俺ァ目を凝らした。賢しかあるが間抜けなヤツんこった。満願成就の暁に、うっかり梯子ォ踏み外すなンてなァいかにも焦ゲだもんな。

ひろがフと俺ィ気付いたみてェにカクンとこっちィ見た。
ぎくったァ(ぎくっとは)したがなンか違う。でかい目が空っぽに見えた。
何時も笑ってるみてェな頑是ねェ温たまりがねェ。

ギヤマンみたような薄っ茶けた目にひろン粗末な"家"が映ってる。
霧雨ン中の橋ン下。

俺ァ焦ゲを探すのォ止めた。
千里眼てのか。
焦ゲがどうすンのか、俺にゃわかった。

周りじゅう、シンとなった。

飴玉が、竜胆が、羽織が、ひろン手向けだ。

笑ってるみてェな薄い口の、ちっと開いた隙間から、黄橙ン金花糖が覗いてる。ちっさなお天道様がひろン中で光ってるみてェだ。

……若旦那ンお天道様か。焦ゲ、テメェどうすんだえ?
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