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第9章 雨垂れの語り 跋



晴天の昼下り、吉太郎がまた天に昇った。

身なりの良い一団が大荷物で通り掛かるのに、ミカエルが上手く飛沫いてしがみつき、立ち去った。

土砂降りの夜半、コルハムは川へと流れ去る。

特筆すべきは飛騨の樺。
寡黙な雨垂れは雷の酷い恐ろげな深更、稲光に浮かび上がった黒い影に掬い上げられた。大きな八つ手を雨避けに天に飛び上がった影は馬鹿げて鼻が長く、あれは天帝に類いするものではなく物の怪と思われたが、飛騨は嬉しげにその者の手に納まって私の元に滴ろうとはしなかったから、知己が迎えに来たと納得した。
語られなかった語りを見た気がした。

梅雨の湿りも雷光とともに引き始め、いよいよ私も失せようかという頃になっても、ただ一粒、私の溜まりの更に下、土に潜って上がろうとも流れようともしない雨垂れが残った。

このままでは地に吸われて身動きならなくなる。早く身を振り分けなさい。

堪り兼ねて声を掛けたらば、雨垂れは恥ずかしげに首を振った。

あしは口下手だすが、なじょしてもお前様に聞いて欲しがった話があんのす。

最早ここには他に誰もいない。

あしは割れ鏡と申しあす。

おずおず言う雨垂れに、私は優しく答える。

覚えているよ。井戸の傍で生まれたのだった。

雨垂れが喜んで身を震わせるのがわかった。小さく浅くなった私の身体が、ふるふると揺れる。

聞かせてくれるか、あなたの話を?

雨垂れが土から這い出して私に交わった。

陽が日照る。時はもうない。しかし、雨垂れは語る。私は耳を傾ける。

蝉の声。風の流れ。青い天。遥かに山並み。微かな潮の香。

何の変哲もない今日この日の、雨垂れの語り。




あしは割れ鏡。生まれは奥州の井戸の傍。
…お前様は、ワラスボッコは知ってらすべが…?
アヤカシ?福の神?
何も何も。あいだば何もそった晴れがましもんでなねがす。
アレは神様でもねば、増してアヤカシなんかでもねがす。
……寂しい、寂しい、童子コのごどなんでがす……









全てが心躍り、何処か寂しい、永久には続かぬいつかの話。









水溜まりの聴いた、雨垂れの語り。




















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