第19章 十四松の願い
広いキッチンにたどり着いたと同時に稲光がキッチン全体を明るく照らす。
僕はその眩しさに目を瞑る事も忘れて目の前に照らし出された光景に釘付けになっていた。
真っ白いバスローブの主人とその背後に立つ黒い人影。
その人物は何者なのか、言わずもがなだ。
2人の間にはキラリと輝くシルバー。
これも同じく、考える必要などない。
そのシルバーがズルリと主人の背中から引き抜かれ再び突き刺さる。
もう一度引き抜かれたところで、金縛りのように動かなかった僕の体はやっと動いた。
その黒い人影の足に齧り付く。
すると呻くような声をあげて、主人の体から引き抜いた包丁をでたらめに振り回した。
思わず足から口を話した隙に黒い人影は玄関の方へと走り出す。
僕の後ろで崩れ落ちた主人の真っ白いはずの背中は真っ赤に染まっていて、息を飲んだ。
その背中に細い指が伸びて来て、直ぐにすすり泣く声が聞こえて来た。
どさりと床に転げた主人の体の下からイチがひょっこりと姿をあらわす。
「ご、ご主人様っあ、うっうぅ」
ヒックヒックとしゃくりあげるイチの顔から、主人は血まみれの手で仮面を外して言った。
「無事か?怪我はないか?」
「しゃ、喋ってはいけません!ぼ、ぼ、くは、大丈夫で・・・す、それよりご主人様の血がっ、血がぁあ、うっ、あぁ」
徐々に主人の息は細くなっていく。
そんな中サイレンの音が近づいて来る。
サイレンに掻き消されそうな細い声に時々喉から逆流して来る血の音で聞き取りにくかったけど、主人は自分の最後を悟ったのか、イチの制止も聞かず話し始めた。
「イチ、私の元に来てくれて、世話を焼いてくれて本当に・・・ありがとう。ずっと言いたかったんだが、お前を困らせてしまうからと言えなかったことがあるんだ・・・」
イチはベソをかいてイヤイヤと首を振って主人にしがみついた。
だけど主人はイチの肩を優しく掴んで引き剥がして、視線を合わせる。
「喋らせてくれないか?これだけは言っておかないと後悔すると思うんだ。イチ、私はお前の事を・・・1人の男として、愛して、いる」
唇を震わせて、イチは固まってしまった。
「返事は聞かせてくれないのか?」
穏やかに微笑む主人にイチは恐る恐る唇を開く。
「ぼ、僕・・・」