第19章 十四松の願い
ボーンボーンと暗い屋敷に響き渡る古時計の音にイチが目を擦って起き上がった。
そして、そっとベッドから降りるイチの足にすり寄った。
「十四松、起こしてごめんね?ちょっとトイレに行くだけだから寝てていいよ」
眠りについたばかりでしつこい眠気に僕はイチの言葉に甘えて再び目を閉じた。
それから夢と現実を何度か行き来し、ふわりと意識が戻って来た瞬間だった。
僕は慌てて飛び起きた。
(嗅いだことのない匂いがする!)
僕は寝起きで絞られたようになった喉を精一杯広げて肺にこれ以上ないくらい空気を吸い込んで全力で吠えた。
「わおおおーーーーーーーん!わおーーーーーん!」
危険を知らせた僕は、空っぽのベッドを見てゾッとした。
慌てて時計を見る。
イチがトイレに行ったのは深夜12時の鐘の直後だったはずだ。
数回瞬きをして確認した時計の針は幸い殆ど動いていなかった。
だけど、この屋敷の住人でない何者かがいる事に変わりはない。
僕は必死で重たい扉を押して開け、駆け出した。
すると後方から僕を呼び止める主人の声がした。
薄暗い廊下の先に月明かりに照らされてぼんやりと見える人影。
一瞬警戒はしたけど、匂いも主人のものだった。
「十四松っ、どうしたんだ?イチは一緒じゃないのか⁈」
歩み寄ってきた主人に危険を知らせようともう一度吠えた。
主人は何かを感じたのか「わかった」と一言、口元に人差し指をあてがい、しゃがみこだ。
「イチはどこに行ったかわかるか?」
小声で問われて僕は後ろ足をあげて見せた。
「そうか、トイレに行ったんだな?ならばトイレはお前に任せよう!大丈夫か?俺はキッチンを見てくる、水を飲みに行ったのかもしれん」
僕が頷くのを合図に僕と主人はそれぞれイチを探しに向かった。
だけど、一番有力と思われるトイレにイチはいなかった。
だけどイチの匂いは残っている。
僕はその匂いをたどって歩き出した。
その匂いはご主人の部屋の前を通り、大きな階段へと続いている。
その先にはキッチンがある。
主人の言った通り水を飲みに言ったのだろう。
僕は壁の上にぼんやりと灯る灯りを頼りに階段を降りた。
広い玄関ロビーを抜ける。
その時、ヒューっと気味の悪い音がして、見やると閉まっているはずの玄関がうっすら開いていて
その横には血まみれの受話器を床に引きずる電話機があった。