第19章 十四松の願い
その時だった、廊下からお手伝いさんの声が聞こえた。
「ちょっと、何なのこの泥まみれの廊下は!イチっ、あなたの犬の足跡でしょ!連れ込んだのね?居候の身でそんな勝手が許されると思っているの⁉︎」
僕と主人は顔を見合わせて慌てて部屋を飛び出した。
「まってくれ!違うんだ!」
主人の声に振り返ったお手伝いさんの顔はそれは怖い表情だった。
しまったというような顔をして、サッと表情を変えたけど、それが性の悪さをさらに際立たせていた。
ヴーと唸る僕を宥めたご主人はイチとお手伝いさんの間に割って入った。
「十四松を連れ込んだのは私だ、性懲りも無く子供を疑って、話も聞かず怒鳴りつけるんじゃ無い」
すみませんとペコペコ頭を下げるお手伝いさんにそのままにした自分も悪かったと何故かご主人が誤っていて、罪悪感を感じた僕はご主人にまとわりつくように体を擦り寄せた。
すると、ふわっと優しく撫でられた。
見上げるとイチも同じようにされていて、仮面の隙間から照れたのかピンク色に染まった頬がのぞいていた。
「すまない、イチ。何も酷いことはされなかったか?」
「はい、ご主人様…あ、ありがとうございました」
イチと僕とご主人で汚れた廊下や階段を綺麗にして、イチの部屋へと戻ってきた。
ご主人に夕飯まで部屋で休むように言われたからだ。
だけどイチは薄紫色のエプロンの紐を縛ると嬉しそうに部屋を後にした。
僕は殺風景なイチの部屋を見渡した。
イチのベッドの枕元に写真たてがあるのが見えた。
覗き込んでみると、そこに写っているのはイチと主人だった。
仮面の穴から覗くイチの目はそれはそれは幸せそうだった。
ここに来てからというもの、イチは以前以上に僕に主人の話を聞かせてくれた。
その姿から、イチの主人への想いはただ、恩人として慕っているだけではないなということが犬の僕にもわかった。
僕は密かにその想いが通じることを、叶うことを応援していた。