第19章 十四松の願い
主人の部屋につながる階段を上ったところで主人とぶつかってしまった。
泥も落とさずかけてきた僕の足で主人の黒いシャツを汚してしまった。
だけど、主人は怒鳴ることなく、そのまま僕を部屋に招き入れた。
何があったんだと僕の喉や頭を撫でてくれる優しい手に落ち着きを取り戻した僕は部屋を見渡した。
するとベッドサイドテーブルにあの日の新聞が置かれているのが目に入った。
僕はそれを鼻先で持ち上げて床に落とした。
その時、一緒に置かれていた別の日の新聞も落ちてきてパサっと床に広がった。
そこに見覚えの顔を見つけた。
イチの顔だった。
今よりも幼いイチの顔だ。
僕はその新聞を咥えて主人の元に運んだ。
主人は困った顔をして、僕の頭を撫でながらその新聞を受け取った。
「知ったのか?」
僕は肯定の意味で、主人の手に自ら頭を擦り寄せた。
そして、くーんと細い声をあげて主人の手を舐める。
すると、主人はしっかりと僕の心中を察してくれた。
「安心しろ十四松、ここに書いてあることはデタラメだ。この時、イチは5歳だった。5歳の子供に連続殺人なんてできるはずがない。それに誰よりもおまえはしっているはずだ、十四松…イチの優しい心を」
主人の真っ直ぐな瞳に頷くと主人はポツリポツリと話し始めた。
それは、主人がイチと出会った時の話だった。
両親に先立たれ身寄りも行く当ても無かったイチは寒さをしのぐためだろう、とある民家の倉庫に忍び込んで寝ていた。
その夜、その家で何十回目になるかわからない殺人が起きた。
そこに居合わせたイチが犯人とみなされたそうだ。
何が何だかわからず逃げたイチとバッタリとあったらしい。
すでに報道でイチの顔を知らない者は居なかった。
余程酷い目にあったのか、主人を見るや否や小さな体を震わせて尻餅をついて後ずさったらしい。
「その手には傷付いた子猫が抱かれていてな…あろうことかイチは猫をかばうように抱き込んで震えていたんだ。俺はこの子が犯人ではないと確信した。そして、可哀想だか仮面を付けて屋敷に居座らせることにしたんだ…」