第19章 十四松の願い
3日後のことだった…
その日は厚い雲が空一面を覆っていて、屋敷の使用人達が今夜は嵐が来ると言って、窓の補強や庭木の補強にと忙しく動き回っていた。
イチも例外ではなく、退屈した僕は屋敷の敷地内を散歩していた。
屋敷の裏は大きな屋敷の影が覆っていた。
曇っているのも相まってどんよりと暗くジメッとしていた。
冷たい地面に足を進めていると頭上から女の人達の囁く声が聞こえた。
「ねぇ、あの連続殺人の現場なんだけど…」
「うん、やっぱり少しずつこの屋敷に近付いてるわよね!」
「ちょっとやめてよ!あの噂だけでもたまらなく恐ろしいのに!」
あの噂ってなんだろう?
僕は通り過ぎるつもりだったけど、その声の聞こえる窓の下に戻り聞き耳を立てた。
「あの噂って?」
「あなた知らないの⁉︎忌子の話よ」
忌子とはイチのことだ。
何故忌子と呼ばれ嫌われているのか僕は知らなかった。
それに関してはイチ本人もわからないと言っていた。
だけど顔を見るや否や皆、罵声を浴びせたり怯えたり物を投げつけたりするのが辛くて、怖がらせたくなくて、仮面が手放せなくなったということも言っていた。
この人達の話の先にイチが知りたがっていた忌み嫌われる理由があるかもしれない。
さらにヒソヒソと小さくなった声を聞き取ろうと精一杯背伸びをした。
「5年前の連続殺人事件、覚えてる?あの事件の犯人の似顔絵」
「えっと…あまり覚えてないけど子供だって騒がれてたわよね?」
「あの似顔絵の子があの忌子なのよ」
悲鳴のような驚いたような甲高い声が、他の人に口を塞がれたのか直ぐに篭った声になって止んだ。
僕も思わず声をあげそうになったのを堪えた。
イチが連続殺人事件の犯人だなんて嘘だ!
僕は走った。
無我夢中で、これが事実ではないと知るすべを探して。
屋敷をぐるっと回り、大きな花壇の間を抜けようとした時だった。
「おいっ、十四松!そんなに走ったら危ないぞ!」
慌てて止まって声の方を見上げると、ベランダから顔を出した主人がふーっと煙を吐いたところだった。
「どうしたんだ、そんなに怖い顔をして?」
僕は思いっきり吠えた。
「何か話があるのか?待ってろ、今そっちに行くから!」
でも僕はそんなの待てなくて、主人の言葉も途中に走りだした。
声を上げる使用人達も無視して、汚れた足で主人の部屋に向かった。