第19章 十四松の願い
あれは僕が主人の屋敷に来て一ヶ月ほど経った日のことだった。
いつものように3時のティータイムのため庭に出て来た主人の手には新聞が握られていた。
主人は僕の頭をひと撫でするとイチがテーブルから引き出した椅子に無言で腰掛けた。
いつもならイチの仮面に隠れた頬を撫でて座る。
イチも不安になったのか俯いてしまった。
主人は咳払いを一つ、バサバサと新聞を広げて眉間にしわを寄せた。
その横では相変わらず俯いたままのイチがお茶を入れている。
お茶を入れ終えたイチがそれを告げる声も耳に入らぬようで、主人は視線を右に左にと行き来させ続けていた。
僕はさらに不安になるイチを気遣って、主人の気をこちらへ向ける為、新聞と主人の間に顔を出した。
「ク〜ン」
「ん?どうした、十四松」
僕は主人がこれ程に夢中になるニュースが何なのか知りたくて新聞を覗き込んだ。
「何だ、この記事がきになるのか?」
そこには見開きで何かの記事が取り上げられているようだった。
主人は目を細めてゆっくりと話し出す。
「最近この辺りで物騒な事件が続いていてな…ウチも安全とは言い切れない。そこで頼りになるのが十四松、お前だ!」
主人は新聞を畳むとバンッと音を立ててテーブルに置く。
そして僕の顔を両手でガシッと挟んでグシャグシャと撫でた。
「お前の鼻は人間よりはるかに効くんだ、知らない臭いを嗅ぎつけたり、知らない者を見かけたら大声で吠えるんだぞ!そして、真っ先にイチの元に駆けつけるんだ」
「え?ぼ、僕?」
イチは俯いていた顔をパッとあげて言った。
「そうだ、イチは十四松の主人でもあり私の大切な宝物だからな!頼んだぞ、十四松!」
「ワンっ‼︎」
はわわっとあたふたするイチの仮面の隙間から見えた頬はほんのり色づいていた。
そこで、ようやく主人がお茶が入っていたことに気がついて、べそをかきながら必死にイチに謝っていた。
賑やかで和やかなお茶の時間。
だけどお茶を飲み終えた主人は不安そうな顔で僕に念を押して、新聞を握り締め庭を後にした。