第8章 新境地
体を洗い、二人だけで背中を流しあう。
「静かだな・・・」
「うん、昨日の感じだと子供連れ多いし皆寝るころでしょ」
大浴場は俺達の貸し切りだった。
体に付いた泡を流し終え、一松はすっくと立ちあがると吸い寄せられるようにどこかへ行ってしまった。
「おい、一松?」
一松が向かった方へ言ってみる。
「ん?何だこの臭い・・・」
鼻を突く変わった臭いがした。
きっと薬湯だろう。
薬湯は結局入ることはなさそうだと思い通り過ぎようとした。
ちゃぷちゃぷ
「一松か?」
振り返るとそこには薬湯につかる一松の姿があった。
「意外だな、一松が薬湯とは・・・今日のは何の薬湯だ?」
「知らにゃ~い」
ちゃぷちゃぷ
一松は頬を赤らめとろーんとした瞳で水面を叩いては跳ねる水滴と戯れていた。
まるで猫のように・・・猫?
ーーーーーん!?
「一松、お前その頭・・・」
一松の髪の間から髪の色とよく似ていてわかりづらいが人間のモノとは違う耳・・・そう、正しく猫の耳のようなものが生えているのが見えた。
実は以前、俺はこれと同じ現象を目にしている。
皆は気づいていなかったようだが、運動会の騎馬戦中一松の頭には間違いなくコレと同じものが生えていたのだ。
はじめはすごく驚いたが、猫とのコミュ力や十四松の生態の事を考えるとありえなくはないと結構あっさり納得していた。
だが改めて目の当たりにして思う。
なんてキュートなんだっ、いちまぁあああああつ!!!
俺は薬湯に入ると一松の傍に行く。
そして頭のそれを観察した。
その耳は猫のそれ同様音の場所を探るように上下左右に動いていた。
しかし、今回の猫化した一松は運動会の時とは雰囲気が全然違うように思う。
何故なのだろうと考えていると看板が目に入った。
今日の薬湯のことが事細かく説明されているようだ。
「マタ・・・タビ湯・・・!?」
そういうことか、そういうことなのだ。
一松は今マタタビに酔っているのだ。
マタタビに酔う猫耳の一松にドキドキと見惚れていると一松の体がふわっと湯船の縁から離れてブクブクと湯に沈んでいった。
俺は慌てて一松の体を抱き上げた。
お姫様抱っこするような形になって見つめあう。