第9章 ロザリオの祈り(ゾロ+α)
「ちょっと・・・怪我してるんでしょ」
「血は止まった。あとは飯食って寝りゃ治る」
そう言うと、軽く微笑みながら赤い舌を出して、クレイオのこめかみについていた血をペロリと舐めとった。
まるで捉えた兎をこれからゆっくり味わおうとする、狼のごとく。
「お前の肌、おれの血の味と匂いがするな」
満足そうに笑い、今度はクレイオの唇をペロリと舐める。
キスとは違うその感触に、嫌悪感ではなく恐怖が込み上げてきた。
───喰われる・・・!
「ゾロ、放して!」
「今さら無理だ。おれの匂いをつけたお前を逃がすわけねェだろ」
匂いは縄張りの証。
お前は今、おれのものだ。
「無防備な顔してたお前が悪い。おれの部屋でいいな?」
「ゾ、ゾロ・・・?!」
傷の手当をしてあげていたというのに、その礼がこの仕打ちか。
手を振りほどこうにも相手の力が強すぎて、無理やりやったら骨が折れてしまいそうだ。
ここで叫べば、ペローナには聞こえるだろうか。
ミホークは・・・来てくれるかどうか分からない。
言いなりになってはいけないと分かっているのに、クラクラするようなゾロの血の匂いが思考を鈍らせる。
「オラ、観念しろ」
米俵を担ぐようにクレイオを肩に乗せたゾロ。
巻きかけの包帯がバラバラと床に落ちたが、気に留める様子はない。
「ゾロ、下ろして・・・!」
こうなったら背中を殴ってやろうと思い、拳を振り上げた瞬間。
クレイオの目が何かを捉え、その手が止まった。
「お、降参したか?」
「・・・・・・・・・・・・」
身体の前半分にはたくさんの刀傷を負っているゾロなのに・・・
背中には、一切の“逃げ傷”がない。
「ゾロ・・・」
それが示すのは、剣士としての誇り高さ。
───やはりミホークが認めるだけのことはある。
「・・・ゾロ、お願い。下ろして」
「観念したようだが、却下だな。このままお前を担いでいくのも悪くねェ」
ゾロは微笑むと、クレイオを左肩の上に乗せたまま、少しのブレもない足取りで居間をあとにした。