第9章 ロザリオの祈り(ゾロ+α)
ペローナの作るカレーの匂いが厨房から漂い始める頃。
肩からドクドクと血を流したゾロが、今日は珍しく夕飯前に城に戻ってきた。
「あー、クソ。ミホークの野郎、マジで手加減しねェな」
向こうが使っているのは無銘の剣だというのに、刃こぼれ一つ付けることができなかった。
初めて戦った時も、ネックレスに仕込んだ手の平に乗るほどの小刀だったが、それでもまったく歯が立たなかったんだ。
そう考えると少しは成長したのかもしれないが、やはり二人の実力差は絶望的。
だが、ゾロは笑みを浮かべていた。
「でもあいつはもう、あの小刀を使おうとはしねェ。それだけじゃおれを止められねェってことが分かってる証拠だ」
確実に成果は出ている。
ゾロは今、修行が楽しくて仕方がなかった。
今日は少しばかり肩の傷が深いようだから、ペローナを見つけて包帯を巻いてもらおう。
そう思っていつものように居間に行くと、そこにいたのは口うるさいゴーストプリンセスではなく、クレイオ。
「ん? なんだ、お前か」
「おかえり、ゾロ」
読んでいた本を閉じると、ゾロの肩を見て眉をひそめる。
「ちょっと、すごい血じゃない」
「ペローナはどこだ。手当してもらう」
「ペローナは晩御飯を作ってる」
「アイツが夕飯を? 明日は大雪か」
珍しいこともあるもんだ・・・と呟いているが、クレイオが来る前まではペローナが食事の準備をしていたことを忘れているようだ。
「私が手当をしようか」
「お、助かる」
自分でやらせたら、ロクに消毒もせずに傷を悪化させるだけだ。
クレイオは本をソファーに置き、救急箱を取りに棚の方へ向かう。
ゾロはふと、クレイオが読んでいた本に目を落とした。
この城には、元城主の残した蔵書がいたるところにある。
どこから引っ張り出してきたのか知らないが、背表紙が剥がれかけた分厚い本には、『近世の魔女狩り』と穏やかではないタイトルがついていた。
「・・・?」
ゾロは一瞬首を傾げたが、何を読もうとそいつの勝手。
それよりも今は止血の方が先、とすぐに意識は他に逸れていた。