第9章 ロザリオの祈り(ゾロ+α)
それまで強い力でクレイオをソファーに押し付けていたゾロの手が緩んだ。
その瞬間、みぞおちに鈍い痛みが走る。
いったい何が起きたのか分からなかったが、視線を落とすと巻いたばかりの包帯の上から拳が容赦なくめり込んでいた。
「ガッ・・・てめェ・・・!!」
痛みよりも、胃液が逆流する苦しみの方が強い。
ゾロは腹を抑えながら床の上に蹲った。
「どいてくれてありがとう」
そう言いながら立ち上がり、乱れた髪を直すクレイオの佇まいは、やはりミホークのそれに似ている。
信心深いからといって、彼女が非暴力の聖女かと思えば、大間違いだ。
「ゲホッ、何しやがる・・・!」
「ごめんなさい。野獣には言葉が通用しないと思って」
「お前・・・あとで覚えてろよ」
するとクレイオはゾロを見下ろしながら可笑しそうに笑った。
「大丈夫、逃げるつもりはない」
「あ?」
「どうせ私は貴方から逃げられないんでしょう?」
“おれが必ず倒すと決めた男と同じ血と目を持つ女・・・逃がすわけがねェ”
「お前のその目、ゾクゾクする」
でもゾロは昨夜、身をもって実感した。
自分にはまだ、“鷹の目”を屈服させられるだけの力がないということを。
「クソ、やっぱお前を抱きてェ」
飢えた野獣のような瞳。
獲物の肉を欲している赤い舌。
ああ・・・この人の欲望はなんでこんなにも血生臭いのか。
「ならば、早く強くなることね」
貴方も、私も。
“麦わら海賊団”が再集結するまでの一年という時間の中で、貴方がその欲望を満たすのが先か・・・
それとも、私がここに来た目的を果たすのが先か・・・
いずれにしても、一つだけ確かなことがある。
それはいつかきっと、私はこの野獣の牙に嚙み砕かれることになるということ。
クレイオは微笑みながらゾロの頬を撫でると、今度は自ら、自分を喰らうだろう唇にキスをした。