第7章 真珠の首飾りの女(ドフラミンゴ)
国王と海軍が目の前で海賊に制裁を与えれば、さすがに街は騒然となる。
動揺を隠せない市民達を掻き分けながらクレイオが王宮に戻ると、いつもとは違う重苦しい空気が漂っていた。
この気配は・・・「スートの間」・・・?
ドンキホーテファミリーの幹部達のように戦う力などまるでないクレイオだが、ドフラミンゴの殺気だけは分かる。
少しでも力を抜けば一瞬にして意識が遠のきそうになるこの感覚・・・間違いなく今、ドフラミンゴは誰かと争っている。
「トラファルガー・ロー・・・?」
いや、違う。
銃で撃ったなら、その必要はないはずだ。
息を切らせながら階段を駆け上り、「スートの間」に続く廊下に出た途端、ゾクリと背筋に冷たいものが走った。
コツ・・・
コツ・・・
杖をつく静かな音。
この王宮では耳にしたことのないそれに、クレイオの足が完全に止まる。
顔を上げると、正面から一人の大男が歩いてくるのが見えた。
それは藤色の着物に海軍のコートを羽織った、盲目の男。
コツ・・・
コツ・・・
杖をつきながらこちらに歩いてくる。
その後ろには「スートの間」しかないから、先ほどドフラミンゴが発していた殺気はこの男に対してのものか。
「おやおや、どうやらお嬢さんを怖がらせてしまったようだ・・・誰もあんたを取って食いァしませんよ」
身長がドフラミンゴとさほど変わらない彼は、クレイオの方を向いて深い傷を負った両目を優しく細めた。
「貴方は・・・誰?」
「おっとこれは失礼・・・! あっしァ、しがない海兵でさァ」
「・・・・・・・・・・・・」
海兵・・・“それだけ”ではないだろう。
あのドフラミンゴの殺気を受けていながら、平然とこうして部屋から出てきたのだから。
男はしばらく“見えない”目でクレイオを見つめていたが、再びコツコツと杖を鳴らしながら歩き始めた。
「それじゃ、あっしはこれで・・・お嬢さん、いずれ“また”縁があればお会いしやしょう」
ゆっくりと横を通り過ぎていく海兵が漂わせる空気は、そこだけ何十倍もの重力がかかっているように重苦しい。
コツ・・・
コツ・・・
その盲目の彼こそが海軍本部の大将、“藤虎”イッショウだということをクレイオが知るのは、もう少しあとのことだった。