第6章 真珠を量る女(ロー)
酸素が欠乏し、ほとんど機能しなくなった脳だが、状況を確かめるため、もう一度目を開ける。
最初に目に飛び込んできたのは、長い女の髪だった。
水に漂うそれは、クレイオのものとは違う。
そして、顔立ちまでは分からなかったが、その口元は微笑んでいるようだった。
「私を信じて・・・諦めないで」
女は儚い声で言う。
水の中だというのに、まるで地上にいるかのようにその声ははっきりとしていた。
“ああ、おれは信じてるぜ!!! だからロー、お前も諦めるなよ!!!”
なんでコラさんのことを思い出すんだ・・・?
「約束したから・・・貴方がもし海の魔物に襲われたら、私は津波よりも早く駆け付けて貴方を助けるって───」
あれ・・・
それもどこかで聞いたことがあるような・・・・・・
すると、ローを抱えている細い腕に力が入った。
まるでそれは愛しい人を抱きしめているかのよう。
溺れた人間を安心させるためなのか、頬をぴったりとつけている乳房から、心地よい心臓の鼓動が聞こえてくる。
「貴方の命はとても懐かしくて・・・愛おしい・・・」
人間が泳いでいるとは思えない速さで、どんどんと水面に向かって浮上している。
これはいったいなんの力なんだろう。
本来、“脚”があるはずの場所に視線を落としたローの瞳が、驚きで大きく広がった。
二本の脚の代わりにあったのは、光の加減で愛らしいピンク色にも、華やかな紫色にも輝く、清らかな銀白の鱗に覆われた尾ひれ。
間違いない。
彼女は“人魚”だった。
「クレイオのことは心配しなくていい、彼女ならもう助けたわ。私の大切な恩人だから」
この広い世界の海において、人魚の遊泳速度に敵う者はいない。
嵐の海すらも支配し、道標を失った人間に生きる道を指し示す。
人魚はローに向かって微笑んだ。
「不思議・・・貴方と私は同じ心を持っているみたい」
その笑顔はとても美しく、そして悲しそうだった。
「─────」
ローは確かに、彼女が誰かの名前を口にしたのを聞いた。
だが、それが誰の名かを認識する前に、声は泡に掻き消されてしまう。
ザバンッと大きな飛沫を上げながら水上に出た瞬間、安堵と酸欠で、ローの意識はそこでプツリと途切れていた。