第6章 真珠を量る女(ロー)
クレイオは今、はっきりと“伝染病”だと言った。
彼女の持つ知識もまた、まちがっている。
なのに・・・
どうしてお前は、おれを病院から追い出した医師達のように恐れない?
「“伝染病”の病原体の中には完全に消えず、感染者の血液や体液の中で生き続けるものもある・・・なのに何故、おれの身体に触っていられる・・・?」
「もし感染ったら、それが私の寿命だったということ」
そう言いながら、ローの血が染み込んだ脱脂綿を素手で畳から拾い上げた。
「・・・明日の朝起きたら、肌が白くなっていてもしらねェぞ」
「言ったでしょ・・・私は客に刺青を彫る時、“切腹”をする覚悟だって」
一人の人間の身体に、一生消えないものを彫ろうというのだ。
命を懸けるくらいの覚悟がないと、相手の人生に失礼というものだろう。
「もし感染しても、貴方が望む刺青を彫り終えるだけの時間をくれたら、私はそこで死んでもいい」
それは、ホリヨシの名を継いだ彫り師のプライド。
「“これが私の生涯最後の作品となってもいい”、そう思えるようにいつも彫っているから」
クレイオの彫り師としての信念に、ローはただ言葉を失った。
優れた医者の家に生まれ、
“臭い物に蓋”をするため勃発した戦争を目の当たりにし、
死体の山に身を隠しながら戦禍を逃れ、
愛する者が殺され、愛する町を火の海にされた原因となった病に、最後は自身も侵された悲劇の少年。
世界にとって、ローは生きていてはいけない子どもだった。
だが、フレバンスを脱出してからたった一人だけ。
珀鉛病だと知っても正当にローを扱ってくれた人間がいた。
“噂程度の知識を口にするな、見苦しい”
“珀鉛病は中毒だ、他人には感染しねェよ”
その男の顔を思い出し、ゾクリと背筋に冷たいものが走る。
皮肉なものだ・・・
彼を討つ覚悟を、同じく“珀鉛病”の名を恐れなかった女に彫ってもらうことになるとは・・・