第6章 真珠を量る女(ロー)
「珀・・・鉛病・・・・・・」
その名前に、クレイオの表情が変わった。
珀鉛病とは、珀鉛という白く美しい鉛を原因とする中毒。
皮膚を徐々に白く変色させ、音を立てずに忍び寄る殺し屋のごとく人間の命を奪う。
さらに残酷なのは、その毒素は遺伝するため、親から子へ、子から孫へと受け継がれていってしまうこと。
「その顔、珀鉛病の噂ぐらいは知っているようだな」
ならば、その名を医者や看護婦が聞けば、どのような態度をとるかも知っているだろう。
“ホワイトモンスター!!”
“白い町の生き残りだ・・・!! 肌に白いアザが・・・!!”
“感染る!! どっかへ行け!!”
「どうした・・・おれが怖くなったか? おれの肌だけじゃなく、血まで触ってしまったもんな?」
まるで死神のように冷酷な笑みを浮かべながらクレイオを見つめる。
だが、その瞳には隠しきれない悲しみの色が浮かんでいた。
“感染者二名、駆除”
“珀鉛病だ!! 病院を閉めろ、入ってくるぞ!!”
珀鉛病は伝染する。
その思い込みのせいで、あの美しかった“白い町”フレバンスは滅びた。
「・・・なんてこと・・・・・・」
クレイオの身体がローから離れる。
刺青を彫るためのノミも、その手から落ちた。
彼女もまた、怯えるのか。
「ビビッて途中でやめようというのか・・・とんだ彫り師だな」
ローが自嘲気味に笑った、次の瞬間───
普段は帽子で隠されているその頭が突然、優しい温もりで包まれた。
「・・・ッ・・・!」
墨が染み込んだ腕に、ポトリと一滴の水滴が落ちる。
それは透明で、とても温かい。
「ロー・・・貴方・・・」
彫り師はノミと、血や墨をふき取るための脱脂綿を床に捨て、目の前の客を抱きしめていた。
「とても・・・とても、つらい想いをしたのね・・・・」
痛みやつらさなど、とうに過去のものとなっているはずなのに・・・
それを分かち合おうとしているかのように、ローをその胸に抱き寄せるクレイオ。
どのような状況でも冷静さを失わないローもまた、一瞬困惑した顔を見せたが、その直後に込み上げてきた感情が邪魔をし、クレイオの手をどけることができずにいた。