第6章 真珠を量る女(ロー)
剃毛が済んだら消毒し、いよいよ施術。
「色は黒一色のぼかしでいい?」
「ああ」
すると、クレイオは墨の塊を取り出し、すずりの上で擦り始めた。
「前の奴はそんなもの使っていなかったぞ」
「今はインクを使う人がほとんどね。その方が簡単だし、色の種類も豊富だから」
だけどクレイオは違う。
刺青の良し悪しは文様と色使い、そして、色の濃淡で決まる。
ホリヨシの技術の真骨頂は、「薄墨ぼかし」にあった。
「どんなに高価な真珠や宝石にも必ず“陰”はある。美しさとは、その物自体にあるのではなく、それが生み出す陰の中にある。物体に奥行きと深みを与え、それが美しさに繋がる」
ロー・・・貴方の表情は、どこか陰を感じさせる。
もしそれが、誰かからもらったという“心”の美しさに繋がっているのだとしたら、私は貴方の心をもっと知ってみたいと思う。
「“本ずみ”、“中ずみ”、“薄ずみ”の三通りの濃さの墨を客の肌に合わせて作り、さらに針の突き加減で何百通りもの濃淡を生み出していくの。それが、“和彫り”の技術」
既製のインクと、タトゥーマシンでは到底できない芸当だ。
「なるほどな・・・」
クレイオの横に並べられている道具も珍しいものだ。
先端に小さな針が取りつけられた、数十センチある金属製の細長い棒。
おそらく色を入れていく道具なのだろうが、そんな棒ではたして細かい部分を描くことができるのかと疑問に思ってしまう。
ローの心配をよそに、先ほどのイメージ画を元に、絵柄を肌に直接描いていく手つきは、前回の彫り師のそれとは雲泥の差だった。
前はわざわざ下絵を転写までしたのに、出来上がってみればその線は揺れていた。
「まるで迷いがねェな。お前、その絵がおれの身体に一生残るものっていう自覚はねェのか?」
「自覚はあるわよ。だから、いつも切腹する覚悟で描いている。でも、気に入らなかったらすぐに言って」
「いや、続けてくれ」
セップクとは・・・まるでワノ国のサムライだな。
言葉には出さなかったものの、ローの顔に笑みが浮かぶ。