第5章 花火 ~君に残す最後の炎~ (エース)
夏祭りを数日後に控えた休日とあって、その日は島の誰もが浮足立っていた。
秋の豊作を願うその祭りでは、島中の人間が集まり、宴が夜通し続く。
子ども達もこの日だけは夜更かしが許され、鳴りやまぬ音楽、相手かまわず酌み交わされる酒、途切れることのないご馳走に、一年で最も楽しいとされる夜。
その準備のためか、週に一度開かれる朝市もいつもより人出が多かった。
両手いっぱいに買い物袋を抱えたクレイオが、その日に限っていつもの道ではなく海辺を帰路に選んだのは、それが理由。
大荷物では人混みを避けた方がいい。
決して、何かの運命が働いたわけではなかった。
しかし────
「・・・?」
白い砂浜に足を取られながら歩いていると、海の向こうから何かが燃えるような音が聞こえてくる。
ボボボボ・・・
火炎放射器を噴射しているようなその音に、クレイオは眉をひそめながら沖の方に目を向けた。
なんで海でそんな音がしているのだろうと首を傾げていると、小舟がこちらに向かってくるのが見える。
不思議なことに、オールで漕いでいるわけでもないのに、帆が閉じられたその船は波よりも速くこちらに近づいているようだった。
乗っている人間は一人。
「・・・なんなの?」
明らかに海兵ではないし、漁師でもなさそう。
別にその人間を待つ必要などなかったが、わざわざ足を止めてそちらをジッと見つめていた。
すると、向こうもクレイオに気づいたのか、わざわざ方向を微調整し、こちらに真っ直ぐと向かってくる。
そして、ついに大きな水しぶきを上げながら浜に乗り上げてきた。
「よう」
朝の眩しい光を背に、二カッと笑う旅人風の男。
「おれはエース」
船の上で礼儀正しく頭を下げた彼に、クレイオも反射的に頭を下げた。
「私は、クレイオ・・・」
エースは人懐っこい笑みを浮かべながら身軽に船から飛び降り、クレイオの目の前に着地する。
「以後、よろしくな」
───その瞬間、二人の間で運命の輪が静かに廻り始めた。