第2章 ある娼婦と海賊のはなし ~ゾロ編~
山の方では大変なことが起きようとしているとは知らず、クレイオはベッドの傍に座り込み、膝を抱えて微動だに出来ずにいた。
シンと静まり返った部屋。
壁の隙間から風が入ってくるのはいつものことなのに、いつもより寒く感じる。
誰もいない。
たった一人の家族を失っただけでなく、この島で本当に“孤独”になってしまった。
“一番つらい仕事をお前にやってもらいたい”
“私が命を絶ったら、お前が合図を出してくれ”
あの時、父の頼みを断ることもできた。
自殺だけはやめてくれ、と思いとどまらせることもできたかもしれない。
だけど、一日でも早く爆発を止めなければならないことは、当時のクレイオにすら理解ができた。
地下で山々を繋げているガス層にまで火が移ったら、その被害はさらに甚大なものになる。
島の人を守るため、これ以上の犠牲者を増やさないため、父は300人の命を道連れにすることを選んだ。
父が守ろうとした人の中には、副社長だった男もいる。
それなのに・・・
“つくづくバカな野郎だと思ったぜ”
「許せない・・・」
“会社が倒産して、どうだ? 島の経済は揺らぎ、政治家や海軍など社会の支配階層を脅すことで、おれは富と力を得た”
“殺したのはお前、その判断を下したのは父親だ”
会社の跡地をマフィアのアジトにしているのも知っている。
だけど、今さら自分には何も言えないと思っていた。
彼もまた、父が起こした事故のせいで、人生が狂ってしまったと思っていたから───
「この5年間・・・私のしてきたことはいったいなんだったの・・・」
両目から溢れる涙が太ももを伝い、ボロボロの床板に溜まっていく。
先ほど自分の喉を突こうとしたナイフはまだ、手元に転がっていた。
ボンヤリとそれを手に取ろうとすると、凍り付くような“鬼”の瞳が蘇る。
“自殺したら・・・冥途の向こうまで追いかけ、お前をぶった斬るからな”
「ゾロ・・・」
クレイオがその名を呟いた、その時だった。