第10章 機械仕掛けの海賊はブルースを歌う(フランキー)
それはまるでスローモーションのようだった。
崖淵の影を太陽の光が照らしたと思った直後、その身体がゆっくりと投げ出される。
鳥ならば良かっただろう。
海に叩きつけられることなく羽ばたいて終わり。
しかし、その影は翼を持っていなかった。
ヒュウッと風を切る音がこれほど残酷に聞こえたことはない。
重力という名の無慈悲な力が、影を冷たくて硬い水の表面へと引っ張っていく。
「身投げか?!」
成す術もなく崖から落ちていくそれは、人間だった。
フランキーがトンカチを投げ捨てたと同時に、バシャンと海が大きな水しぶきを上げる。
きっと麦わら海賊団の人間だったら、フランキーでなくとも同じことをしただろう。
たとえ悪魔の実の能力者だろうと、数十メートルの崖から落下した人間のために海へ身を投げ出していたはず。
水しぶきが上がったとほぼ同時に、フランキーも飛び込んでいた。
ゴボボボボボ・・・・・・
渦を巻く水の音が鼓膜を圧迫する。
ここが潮の流れの遅い海域で良かった。
人工島が排出する汚水のせいか、多少は視界が悪かったものの、数メートル先に人間の手らしきものが見えた。
「掴まれ!!」
フランキーが掴むと、驚くことにそれは女の腕だった。
どうやら海面に叩きつけられた衝撃で意識を失っているらしく、グニャリと力が抜けている。
仕方なく脇に抱えようと引っ張り寄せると、人間の身体にしてはやけに水の抵抗が大きく、なかなかこちらの方に流れてきてはくれなかった。
「・・・?」
溺れたルフィやチョッパーを助けることなど日常茶飯事だからよく分かるが、普通なら少し引っ張れば簡単に浮き上がることができる。
なのに彼女の身体は、まるで鉛のように重かった。
その原因が分かった瞬間、フランキーは両目を大きく見開いて絶句した。
「こりゃ・・・」
女には下半身が無かった。
それは先日まで目にしていた人魚とは訳が違う。
下半身の代わりにあったのは・・・
無機質な車椅子だった。