第10章 日常小話、幸せ話。(灰羽リエーフ)
さんはピアニストなんだ。
1ヶ月彼女の元へ通って初めて知った名前以外の事。
姉さんに聞けばすぐに‼イロイロわかるんだろうけど、俺はそれをしたくない。
だって、つまんないじゃん?
誰かに聞いて知った情報より、『彼女が俺に』教えてくれたって事が重要!
『じゃあ手、大事ですね!俺と一緒だ!』
『……ふふ、そうだね』
また、笑顔を見れた時はメチャメチャ嬉しかった。
そこから少しずつ自分の事を話してくれるようになった。
ピアノは三歳から始めたとか、
一人っ子なんだとか、
実はスポーツ観戦が好きだとか。
それを聞いた俺は迷わずに試合観に来てーって誘った。
春高の、代表決定戦。
姉さんの隣に座る彼女を見つけた時は嬉しくて、いつもの二倍は飛べる!って思った。
それで戸美との試合の後、もう一回ちゃんと告白した。
今度は勢いとかじゃなくて、真剣に。
『…私で、いいの?』
不安気に見上げてくるさんを思い切り抱き締めて、
『当たり前っす!!』
大声で叫んだら『恥ずかしいからやめて』って怒られた(笑)
こうして晴れて付き合うことになった俺達。
さんの癒しの微笑みを見るだけで、練習や試合での疲れも吹っ飛ぶ。
デートで出掛けたりもするけど、平日夕方から会う時は大体一人暮らしの彼女の家。
この事を知ったのは付き合いだして3ヶ月経った頃。
『今日も夜久さんがヒドイんすよ~!彼女持ちは二倍な、とか言ってレシーブ練倍なんすもん!』
『期待されてる証拠だよ、次期エースなんでしょう?』
『トーゼン!!』
さんの太股に頭を預けてこうして話をするのが俺は好き。
見上げて目が合えば、綺麗な手が俺の頭を撫でてくれる。
『…さって、俺そろそろ帰りますね。さん俺がいたら練習出来ないし』
ピアノのコンクールが近いって、話だったはず。
寂しいけど空気読んで帰ろうとする俺、おっとなー!
むくり、と体を起こして立ち上がろうとするとジャージの裾を引かれる感覚。
『さん?』
『あの、ね…コンクール…ダメになっちゃった、』
裾を掴んだまま悲しそうに彼女は笑った。