第1章 月夜【レイリー】
溜め息を吐いたレイさんの顔の前で、わたしは空を掴んだ。
『危ない、幸せが逃げちゃう』
そう言うと 怪訝そうな表情を浮かべている。
『あれ?知らない?溜め息吐くと幸せが逃げちゃうのよ。
でも大丈夫、わたしが捕まえておいたから。吸い込んで?』
そう言って口元に掴んだ手を寄せた。
フッと微笑んだレイさんは、横目でマスターがわたし達から離れている事を確認すると
そっとわたしの手に唇を落とした。
『っっっ!?』
驚きすぎて固まるわたしからすぐに唇を離すと彼は何事も無かったような顔で席を立った。
「また来る」
マスターにそう言って店を出て行くレイさん。
『ごちそうさま』と声をかけて慌てて後を追いかけた。
わたしは手に口づけされた事を頭の中でぐるぐると考えながら歩いた。
(あれには何の意味が?や、意味なんて無い。レイさんの悪戯だ。大体レイさんは現役感ハンパないんだし、絶対星の数程女抱いてるタイプだ。気にしない。気にしちゃダメ。)
「さっきから何百面相しとるんだ?」
いきなり顔を覗き込まれて、仰け反った。
さっきまで、至近距離で話していたレイさんの顔が直視できない。
それでも、と思い直して見つめた彼の向こうに綺麗な満月を見つけてそちらに目を奪われた。
『綺麗…』
わたしの言葉でレイさんも月に目を向けた。
『満月の夜ってね、犯罪率が上がるんですって。
あんなに綺麗なものに人を惑わす力があるって何だか不思議ね。』
「じゃあ、ニレと月は同じだな。」
『え!ま、丸さが??細くないのは自覚あるけど、あそこまで丸くは…』
「はっはっは、そうじゃない。バーで気付かんかったか?男どもがニレに視線を送っていただろう?」
『え?!そうなの?』
「君には人を惹きつける力があるのかもしれないな。
人を惑わせることのできる月と同じように」
そう言うとわたしの頬に掛かった髪を耳にかけてくれた。
レイさんの指がわたしの耳に触れる。ソッと撫でられた瞬間、周りの空気が変わった気がした。