第1章 月夜【レイリー】
自分の隣で酒を飲むニレを見る。
少しむくれているのは自分が彼女の質問をことごとくはぐらかしたから。
三十路と言っていたが、童顔な彼女がそんな顔をすると、更に幼く見える気がして笑ってしまった。
『あ!バカにして!』
酔いが回り始めているのか頰を染めて怒っている。
しかし、過去の栄光をペラペラ喋るのは好きではない。それ以上に 自分の正体を知ってしまった事により彼女に迷惑がかかる事があっては何とも後味が悪い。
マスターもそれを解っているから、どうにかニレの気をそらせようとしている。
「そういえば、この間の彼の写真展は大盛況だったらしいな?」
『そうなの!凄かったのよ』
途端に破顔した。
マスターの話題に乗ってくれたのを見てホッとする。子どものようにニコニコしながら話す彼女。
どうやら、彼氏はカメラマンをしているらしい。写真展の成功で忙しくなった彼は、今仕事でこの島を離れているようだ。
そんな2人の会話に耳を傾けていたが、ふと気が付いた。
「おい、ニレちゃん酒のペースが早くないか?」
先程より更に赤くなった顔を覗き込むと瞳が潤んでいる。
『ん、大丈夫』
そう答えたが、カウンターの向こうからも声がかかった。
「おっと!もうやめとけ。今日は迎えに来る人居ないんだから。」
『ケチ〜良いじゃない。折角盛り上がってたのに。』
ブツブツ文句を言いながらも渋々立ち上がったニレ。その瞬間、足元がふらついて倒れ込んだ身体を咄嗟に支えた。
「…私が送ろう」
『じゃあ、うちで飲み直そう!』
間髪入れずに返ってきた言葉。
「ニレ、もう少し警戒心を持ちなさい。」
彼女が無防備なのは自分が年寄りだからだろうか?この島にヒューマンショップや人攫い屋が幾つもあるのはみんなが知る事実。こんな島でこの時間まで酒を飲んで知らない男に送って貰う警戒心の無さに呆れて言葉をかけると、
『でも、レイさんは悪い人じゃないと思うの。』
なんて返してくる。
私はフーっとため息を吐いた。