第1章 月夜【レイリー】
『初めまして。ニレよ』
隣に座った彼に右手を差し出す。
「私はレイリーだ」
わたしの右手に滑り込んできた彼の右手の温かさが心地よくて自然と笑顔になる。
でも、その名前どこかで聞いたことがあるような…
何だっけ?…思い出せない
『レイさんって呼んでも?』
「あぁ、その方が助かるな」
そう答えた彼。
カウンターの向こうでマスターが意味深に笑ってこう言った。
「そう呼ばなきゃ、“レイさん”は有名人だからな。厄介なことになっちまう」
『??何?』
そんな興味をそそられる言い方しないで欲しい。
そこから、お酒を呑みながらレイさんの秘密を暴こうとわたしは四苦八苦する事になった。
後から考えると よくレイさんの正体に気がつかずに居たものだと自分の鈍感さに呆れてしまった。
『レイさんのお仕事は?』
「コーティング屋をやっとる」
シャボンディ諸島ではごく一般的な職業だけど…
『実は…凄く大金持ちとか?』
「はっはっは こんな格好の年寄りがか?」
『じゃあ、実は有名な芸術家とか?』
「私に芸術の才能はないぞ」
『でもフツーの人じゃ無い気がする。』
「そうか?」
『勘だけど、わたしの勘て結構当たるの』
カウンターの向こうで楽しそうにわたしとレイさんの会話を聞いているマスター。表情を見る限り、全然見当違いな質問をしてるみたい。その後も思い付く限りに次々聞いてみても手応えが全くない…
次第に質問に困ってくる
『もうわかんない。』
そしてひねり出した最後の質問をぶつけた。
『ん〜、じゃあね 冒険家!』
「…そうだな、冒険はしたな。随分昔の話だが」
レイさんは懐かしむように微笑んでそう答えた。
でも、正解じゃないみたい。
『で?何で有名人なの?』
「私は穏やかに暮らしたいんだがな」
『答えになってない!』
その後、どんなに聞いてもレイさんは何も教えてはくれなかった。