第68章 悩み*茶倉
「……わからない。」
そう答えるまでになかなか長い時間が過ぎていた。
考えても考えても出てこない答えは、“わからない。”という言葉がぴったりだった。
「確かに特別だって思える人はいる。けどそれが恋なのかって言われるとわからなくなる、かな?人を好きになるってどんな感じなのかな…。」
申し訳ないほどに曖昧な答えだった。
「ごめんね。」と言えば、「こっちこそごめん!」と謝られる。
「やっぱり、そうだよね…」
独り言のような紗音の言葉の意味は分からなかったが、聞き返してはいけないと直感的に思った。
「紗音は。好きな人いるの?」
お返しとばかり聞けば、彼女の顔は赤く染まった。もちろん夕日のせいなんかじゃないのはわかる。
それでもその顔には寂しさが映っていた。
「…ん、まあね。」
紗音は眉をひそめ、困ったように笑う。その理由はすぐにわかった。
「でもさ、その人には他に好きな人がいるの。それは見てればわかっちゃうの。他の人にはわからないとは思うけど、その人はその子のことになると、態度が変わるって言うか…優しくなるって言うか…あ!いつもも優しいけどね!」
焦って饒舌になる紗音に思わず吹き出す。恋する乙女ってこういう子を指すんだ。
「けれど…私さ、その女の子のことも好きなんだよね。っていっても一方的かもしれないけど。……だから二人に幸せになってほしい。二人以外にも、一番幸せになる方法を見つけたい。」
紗音の瞳の奥の光は相変わらず強い。
彼女の信念の強さの表れ。
「…でもそしたら紗音は?」
だが彼女の信念には自分が含まれていなかった。
「私は大丈夫。周りが幸せなら私も幸せだから。」
今日何度目かの柔らかい笑み。
そこにあるのは他者への思いやり。
私の中にあった親近感はとっくに消えていた。
生まれたのは紗音の聖母のような心に対する羨望と。
(幸せって何だろう。)
増える一方の悩みだった。