第56章 コワレユクヒビ*茶倉
(…………)
逃げようにも、足が動かない。
足を動かそうにも、頭が働かない。
頭を働かせようにも、何も考えられない。
……記憶を失った時のようだ。
「逃げねぇんだな…」
確認するかのようにそう呟いた後、すぐに唇は重ねられた。
初めは啄むように。
だんだんと長く。
私がうっすらと口を開くと待っていたかのように、侵入してくる。
侵入したそれは歯茎を這い、私のと絡められる。
「優ちゃん……好きだ。……誰にも、渡したくねぇ……」
キスの合間に紡がれるのは愛の言葉。
何も考えられない私の目からは涙が零れた。