第7章 サウダージ
船頭さんは舟に残るとの事で、私と護衛さんは漂流者の船から降ろされた長い縄梯子を登る。近くから改めて見るとこの大きな船は、今にも音を立てて崩れてしまいそうな程、酷い有り様だった。
長い年月を経たものでは無い。むしろ鉄の船に刻まれた数多の傷は出来たばかりの真新しいものだった。
戦が、きっと私の知り得ない大きな戦があったのだ。
縄梯子を登りきると甲板には白く縁取られた大きな赤い円が描かれており、その傍に男が立っていた。
「あ、わわ、私、と申しまして…」
緊張とここ最近"おるて語"ばかり使っていたせいか、日の本言葉が上手いこと出て来ない。
「その、すぐそこの港町の…えっととにかく偉い人から貴方様と話し合いを設けたいと言伝を賜わって…それで…ええっと…」
しゃいろっく殿からの言葉を四苦八苦しながら伝えていると、目の前の漂流者は咥えた煙草をポロリと落とした。
「…お前さん日本語喋れるのか」
「は、はい」
「教えてくれここは一体何処だ?俺は確かにミッドウェーにいたはずなのによ…俺以外の乗組員は一体どこに消えた?戦争は?日本はどうなっちまったんだ?」
彼の言う"にほんご"とは恐らく日の本言葉の事だろうと推測できた。やはり私の時代の言葉と男の時代の言葉には差異があるようで、矢継ぎ早な質問にたじろぐ。
言っていることは朧げに分かるが単語の一つ一つが聞き馴染みの無いものばかりで、頭がこんがらがる。
「ご、ごめんなさい…あ、あの私…」
こちらの焦りが伝わったのか、その漂流者は襟を正して名乗りを上げた。
「失礼した。私は大日本帝国海軍 中将、山口多聞と申す」
とても偉そうな肩書だ、と月並みの感想しか出てこない。
「すまない、久々に言葉の通じる者に会えて少し取り乱してしまった。…君の知ってる事だけで構わん、教えてくれ」
長丁場になる事を見越してか、多聞殿は甲板にどっかり腰を下ろす。
何から話そうかと考えていた矢先、しゃいろっく殿から食料の差し入れを預かっていた事を思い出した。
「えっと、あの……お腹、空いてます?」