第8章 amen
「西方の戦況は未だ膠着状態が続いており、兵士達もかなり疲弊しています」
「補給の手配についてはどうなっている?」
「その件に関しましては準備も八割方終わっており、来月の頭には出港できる見込みです」
話半分に聞いていた会議だが、その内容に引っ掛かりを覚え口を挟む。
「出港……?ってまさか戦場のある西方まで海上輸送するつもりじゃないでしょうね?」
「つもりも何も、これに関しては前回の会議で決定されたのです。まぁサン・ジェルミ伯は決議の前に退席されてしまいましたが……」
進行役の男はバツが悪そうに述べる。
「ムリよ、ムリムリ!絶対ムリだわ!今すぐ陸路に変更しなさい!」
「しかし人手不足や費用の面から考えても海上ルートでの補給が妥当かと思われますが」
「黙らっしゃいッ!」
サンジェルミが一喝すると場は静まり返る。
この場において一番強力な発言権を持つのは他でも無く、国父と共に国を立ち上げた彼なのだから。
「この間どっかのアホな輸送船がグ=ビンネンの商船に手を出した事を、アンタたちはもう忘れたのかしら?……奴らかなりお怒りよ、もう激おこプンプン丸よ」
「げき、おこ…?」
「ぷんぷん…?」
一瞬会議室は困惑に包まれたが、軍服を着た一人の男がそれを払い除けるような咳払いをし、言い放つ。
「伯爵、貴方は商人如きに我々の船が落とされると言いたいのですか?」
「そうですぞサンジェルミ伯、貴殿の考え過ぎでは無いのか?」
何人かの貴族達も同調する様に頷く。
「あら、笑ってられるのも今のうちよ?…」
グ=ビンネンに流れ着いた漂流者(ドリフ)の事を言い掛けて留まる。
人の忠告を聞かないコイツらに律儀に教えてやる義理は無いのだ。
「とにかく、アタシは忠告したからね」
サンジェルミは白いドレープを翻し、そのままカツカツと靴音を鳴らし会議室を去る。
静まり返る貴族達。国土の4分の1を統治する大貴族を表立って咎める者は居ない。
この国はいずれ滅ぶ。
それが早いか遅いかの違いだ。
「……アタシもそろそろ身の振り方を考えなきゃだわさ」
重苦しい音を立て扉は閉まり、暗く長い廊下にそんな独り言が溶けて消えた。