第6章 コネクト
感傷的になってる暇も無く、廊下をばたばたと大股で歩く音がして。遠慮なく扉を開けて現れたのは、伯爵の側近である あれすた殿。
「、今すぐ支度をしなさい!」
「し、支度って、一体何の…?」
必死に頭を働かせて今日の予定を思い出すが、特に用事があるだとか、そんな話は一切聞いていない。
「アンタにはグ=ビンネンに行ってもらうわ。長期の滞在になるから必要な物は全部持って行きなさい」
「何故です?…しかもこんな急に…」
「これはおひぃさまからの命令なのよ」
この屋敷にいる限り、おひぃさま…つまり伯爵の命令は絶対だった。
ぐ びんねん、長期滞在、伯爵の命令…
言葉の羅列が頭を回る。
「私、伯爵に嫌われたのでしょうか……いつ戻れるのでしょうか」
答えを持ち合わせていないあれすた殿は、静かに首を横に振るだけだった。
「……ついさっきグ=ビンネンの使いが来てそーゆー話になったらしくて…詳しくはアタシも知らないの。…ごめんなさいね」
それだけ言うとあれすた殿は戸を閉めて出て行かれた。分からない事だらけだとしても、行きたく無いと子供の様に駄々をこねる事はできない。伯爵の決めた事だからとまじないの様に自分に言い聞かせて仕事着に着替える。
何か持って行くべきかしばし悩んだが思いつく物も無く、私は身一つで部屋を出た。
支度を済ませ屋敷の応接間に向かうと、そこは既にもぬけの殻だった。
ただ部屋の窓から外に人が集まっているのが見えたので、仕方なくそこへ向かう。
しかしその中にも伯爵の姿は無かった。
伯爵に直接理由を聞く事も出来ぬまま、私は大きな鳥の様な、獣の様な謎の"ぐりふぉん"という生き物の乗せられた。
「しっかり掴まっていて下さいね」
助走とともに羽ばたき、その巨体は私を乗せ飛び立った。
しかし"ぐりふぉん"とやらの乗り心地はまさに最悪だった。高いし揺れるし怖いし速すぎるし、何より耳がつーんとする。出来る事なら今すぐ降りたい。二度と乗りたくない。
ただ、空からの眺めは言葉にし難い程に美しかった。
遠ざかる屋敷、列を成す葡萄の畝、遠くに光る海。
たった今追い出されたばかりなのに、この景色を見せたいと、真っ先に頭に浮かぶのはやはり伯爵だった。
風の音だけが響く空で、私は少し泣いた。