第5章 ミゼレーレ
人の心ほど移ろい易いものは無い。
家族の様に接してきたはずの王妃は、再三の警告を聞き入れる事なく、それどころか私を詐欺師だと罵り城から、国から追い出した。
人間にはほとほと愛想が尽きたと思っていた。
いや、"愛想が尽きた"などと生易しいものなどでは無い。
確かにあの時、自分も同じ人間でありながら、人間という存在に絶望したのだ。
人を愛することはもう二度と無いと、そうはっきりと思える程に。
そのはずなのに……
目の前に横たわる少女の濡れた赤い唇に、
ゆっくりと、自分のそれを重ねる。
ああ、平気だ。
二人を繋いだ透明な糸を手繰って、もう一度とせがむ姿に愛しさすら感じる。
何故だかこの子には人並み以上に情が湧いていたし、こんな事にさえならなければ、普通に正しく愛情を注げる未来もあったかもしれない。
あんな薬さえ、作らなければ。
男の番(つがい)で兵を作ろうなんて、馬鹿みたいな事をするもんだから…
罰でも当たったのかしら。
にっこりと、笑う。
「アンタ相手に、アタシが本気になると思ったの?」
そう、残酷に…残忍に。
「…はく、しゃく……」
裏切られたなんて顔しちゃって、狡いわね。
めそめそ泣きだすなんて、ホント狡い。
訴えるようなその瞳を見てられなくて、ぐるりと腕を掴んでひっくり返す。
「…わた、しじゃ……だめなの、ですか」
うつ伏せになった柔らかい太腿に馬乗りになり、振り向こうと必死になる肩をシーツに抑え付けて、まるで犯すみたいに手淫を続けた。
か細い身体が何度震えて達しようと、泣きながら藻掻いて金切り声で制止を求めても、薬が抜けきるまでやめてあげない。
喘ぎ声と嗚咽が混じる中、喉を震わせ紡がれる言葉を頭が無意識に拾う。
はくしゃく、おしたい、して、います。
罪悪感が胸を抉る。
その言葉に、そのまやかしに。縋ってしまいそうな己を律する。
「……それはアンタの、勘違いよ」
が吸い込んだのは…ただの媚薬では無く、人の意志すら捻じ曲げる非人道的な惚れ薬なのだから。