第5章 ミゼレーレ
題名の五十音順に揃えようとしていたのだが、本の内容で分けなさいと駄目出しを受けた為、出しっぱなしにされていた本を全て片付けるのにかなりの時間を要した。
そろそろお茶でも淹れて休憩しようかと、そんな事を考えていた時、パリンッ、と甲高い音がして。
振り返ると床には水たまりと飛び散った硝子の破片。
「だ、大丈夫ですか、伯爵っ!お怪我は、お怪我はありませんか?」
「平気よ。考え事してたらドジッちゃったわ」
伯爵は明るくそう言ったのだが、無理してるようにしか見えなかった。
「伯爵ちゃんと寝てますか?あの、余り無理しないで下さい…というか、少し休んではいかがです?ここは私が片付けておきますので」
そう言って割れた瓶の破片を拾おうとしゃがみ込んだ瞬間「触るな!」と普段と違う伯爵の荒々しいが響く。
が、それはどうしようもなく遅かった。
甘いような、辛いような強烈な芳香に包まれる。
「…あ……れ」
ぐらり、と景色が揺れて、気が付いた時には伯爵の腕の中にいた。
何か良くないものを吸い込んだのか、喉と肺が焼ける様に熱い。
「ちょっと、シッカリしなさいッ!」
伯爵の声が頭の中で反響して、幾重にも重なって聞こえる。
「はくしゃく、あたまがへんです、くらくらします」
「よりによって…」
どくん、どくん、と心の臓。頭の中でごうごうと絶え間なく鳴るのは血の巡る音だろうか。
「……なんでこんな、厄介なヤツなの」
「やっ、かい?」
ふわりと宙に浮くような感覚。
地面を捉えようと彷徨う足が、届かない。
抱きかかえられて運ばれている事を少し遅れて理解した。
「な、なんですか、はくしゃく」
「…少しだけ、我慢なさい」
伯爵の部屋に運ばれると伯爵は静かにそう言って、扉に内側から錠を掛けた。