第5章 ミゼレーレ
夏が終わりに近づき葡萄の収穫ももう直ぐだと言うのに、ここ最近の長雨のせいで全然畑に出られないでいた。
私含め暇を持て余した使用人達のお陰で掃除は行き届いていたし、月に二冊の本を読むという"おるて"語の課題もとうに済んでしまっている。
やることもなくふらふらとしていると唐突に伯爵に呼ばれ、普段は立ち入りを禁じられている研究室の掃除を手伝うようにと言われた。
初めて入るそこは何に使うのか分からないような器具や、謎の薬品、乾燥させた植物、標本、剥製、壁一面を埋める難しそうな本と。…とにかく物で溢れていた。
机には"おるて"の地図や、知らない言葉で書かれた伯爵の走り書きの数々。
「北方の民、北壁 カルネアデスの戦い、北壁の守り人……」
積み上げられた本の題名を読み上げる。
「その机はそのままにしといてちょうだい」
どうやら最近遅くまでこの部屋で調べてるのは北方についての事らしい。
「北に、何かあるんですか?」
「…そうね、万里の…って言っても知らないわよね、えーっと…とにかく!カルネアデスの北壁って言う、長くて高い巨大な砦よ」
「それは島原城より?」
「そうね」
なんと。
「……え、江戸城よりも?」
「砦とあの城を比べるのは些か間違ってる気もするけど…城壁の長さで言ったら北壁かしらね」
「そ、それは少し、見てみたいです」
見た事は無いけれど、とても大きいと伝え聞く江戸城。まさかそれより大きな建造物があるとは。
ここへ来てもう直ぐ半年になるが、この世界には未だに驚かされる。
「……アンタは気楽でいいわね」
伯爵は大きな溜め息とともに増えすぎた薬品の仕分け作業に戻った。実験器具と薬品には絶対に触るなとのことだったので、私は本棚の整理から始めることにした。