第3章 魔法のコトバ
伯爵はそこで持ってきた色水を二つの湯呑みに分けていれた。
「伯爵、それは何ですか?」
「あの薬草園で採れたブルーマロウって花を煎じた茶よ」
まさかこんな強烈な色をした茶があるとは。
夏の空より、晴れの日の海よりもっと青くて、例えるものが見つからない。
「よく見てなさいよ」
そう言うと伯爵は小皿に乗っていた黄色い果実を"まろう茶"の上で絞る。
一瞬の事だった。まるで霧が晴れていくように、青かった茶の色は透き通った桃色に変わっていった。
「は、伯爵っ、今、色が!」
したり顔の伯爵。
「すごい!すごい!本当にすごいです伯爵!」
興奮醒めやらぬ私はそれしか喋れなくなったみたいに、すごいすごいと繰り返した。
「薬草はね、薬になるけど同時に毒ともなり得るの」
伯爵は桃色に染まった"まろう茶"を掻き混ぜながら言った。
私も見様見真似で匙で掻き混ぜ、一口啜る。
「う、……味が無い、です」
見た目が可憐な桃色だからてっきり甘いものかと思っていた。渋い顔をした私に、見かねた伯爵が呆れながら蜂蜜を入れてくれた。
「ちなみにアンタが取ってきた花、日本名だと金の鳳凰の花と書いてキンポウゲって言うんだけど」
「金鳳、花?」
「アレも一応薬草なんだけど。使い方間違えたらフツーに死ぬわよ」
「死ぬっ!?」
いきなり飛び出た物騒な話に、危うく湯呑みを落としそうになった。
「そうよ。アンタが今日入った薬草畑の中には、触るだけで肌がただれたり、匂いを嗅ぐだけで幻覚を見たり意識を失ったりする植物がわんさか植えてあるのよ」
そんな危ない植物がこの世に在るなんて、知らなかった。
「近付いては行けない場所、触ってはいけない物は一度の説明で覚えなさい。いいわね?」
「はい」と自分の心に刻み込むように返事をする。
その怯えた様な真面目腐った顔がどうにも面白かったらしく、伯爵は吹き出し大笑いした。
なんでそんなに笑うのか、私はどうにも腑に落ちない。
暫く笑った後、咳払いをして伯爵は言った。
「アタシが怒った理由、ちゃっと理解した?」
あ。
それって伯爵は私の事を、心配して?
「伯爵…怒って下さって、ありがとうございます。あと、私馬鹿で…ごめんなさい」
伯爵は泣き出しそうな私の頭を優しく撫でてくれた。