第3章 魔法のコトバ
幾ばくかの時間が経ち日も傾いた頃、扉を挟んだ向こう側から「入るわよ」と伯爵の声がした。判決を言い渡される罪人の様に心の臓がぎちりとする。
だが伯爵の侵入は先刻私が掛けた錠によって阻まれ、扉はがこんがこんと虚しく鳴るばかり。
「ちょっとカギ開けなさいよ!ブチ破るわよ?」
がんがんと本当に鍵を壊しにきてるんじゃないかってぐらい乱暴に戸を蹴り続ける伯爵は、いろんな意味でいつも通りで。さっきの胸が締め付けられる様な緊張は一瞬にして消えてしまった。
「いっ、今開けますから!蹴らないで下さいっ!」
戸を開けるや否や伯爵はずかずかと中に入り、手に持っていた盆を机に置いた。
伯爵が持ってきたのは硝子の急須で、中にはなみなみと青い色水が入っていた。
まるで絵の具を溶いたんじゃないかってぐらいの濃い青。それでいて透き通った鮮やかな青だった。
「さっきは言い過ぎたわ」
「…い、いえ。私こそ、伯爵の大事な薬草園を踏み荒らしてしまって…面目次第も御座いません」
「……やっぱり」
「やっぱり、とは?」
そこで、ばちんと額を弾かれた。
伯爵の長くて綺麗な中指で。
「痛っ!」
「やっぱりアンタが大馬鹿だってことよ!このアンポンタン!」