第20章 砂漠の民
部屋には案の定駱駝がいた。
三間続きのスイートルームに砂漠の生き物がシンメトリーに佇む異様な光景にカクは眉根を寄せた。
「…何つうか…おまえさんが泊まっとる部屋って感じがしよるな、物凄く」
パーラーのテーブルにバケットを置いて、カクはマジマジと二頭の駱駝を見比べた。
駱駝はピンクの睫毛をパチパチさせ、不思議そうにカクを見返しながら揃って右に首を傾げた。
「ワシャ駱駝なぞ初めて見たが、こういうもんなのか?けったいな生きモンじゃのう…」
「このコらは特別なのよン。アチシにピッタリなスッペシャルな駱駝でしょン?」
「まあ確かにけったいなモンにけったいなモンが乗るのは間違っちゃおらんじゃろうな。相殺効果と相乗効果のせめぎ合いっちゅうところか?」
「…どういう意味よ?」
「カクはお前が変だって言ってるんだよ」
窓辺のクラブチェアーに腰掛けて、子供が顔をしかめる。
「ピンクの睫毛の駱駝なんておかしいだろ」
「よっく言うわよねィん。このコらはそもそもアンタの国から来たんでしょン?アンタらの国じゃ王様になると虹色の睫毛の駱駝に乗るって聞いたわよン?それってアンタの愛駱駝になるんでしょ、いずれ。羨ましいわぁン」
泣き止んでニコニコし始めた赤ん坊の鼻にキスをして、パールブルーのベビーベッドに寝かせたボン·クレーへ、窓辺の子供が目を三角にして立ち上がった。
「だッ、誰があんな変なものに乗るか!絶対厭だ!絶対あんなものには乗らないぞ、私は!」
「何じゃ、駱駝が厭で家出した来たどこぞの跡取り息子か、お前さん」
「…私はカヤン。砂漠の民だよ。どこぞの跡取り息子じゃないし、駱駝が厭で家出するとか、そういう馬鹿な真似はしない」
言いながら、慣れた様子の大人びた仕草でカクに右手を差し出す。
カクは眉を上げて青いトーブ姿のカヤンを見下ろし、その手を握り返した。
「カヤン、お前さん、どこの王子様じゃ?」
「王子様じゃない」
「お前さんらの暮らす辺りじゃ滅多な事で年下の者から握手なんぞ求めるもんじゃなかろう?余程身分の高い者じゃなけりゃ目上のモンへの失礼に当たる筈じゃ」
目を細めたカヤンが引きかけた手を、ぐっと握ってカクは首を傾げる。
「お前さんはずいぶん握手慣れしとるな」
「あらぁん、へー、物知りなのねェん、カクは。どーだっていーじゃなぁい、握手なんかー」