第1章 ラビュルト・エンダ
「子供がおるんか」
「残念だけど、まだいない。そのうちね。いつかそうしたいって話」
嬉しそうに言ったラビュルトに、自然と眉根が寄ってしまう。
「ワシャ説教くさいとよく言われるが」
「ああ、何かわかる。納得」
「やかましい。黙って聞け」
「何?」
「夢があるなら、こんな仕事はさっさと辞めて、自分より好きな相手とやらを早いとこ見つけるんじゃ。誰かれなく抱かれ続けとったら、いずれ身体を損なうじゃろう。子供どころじゃなくなるわい」
「アンタ、うちのサロンのオーナーの娘を助けてくれたんでしょ?」
不意に言われて、眉間の皺がますます深くなる。
確かに娼館の主の娘を助けた。
とは言え、何の事はない、海に落ちて溺れかけた子供を釣りの途中で拾い上げただけの話で、大した恩を売ったつもりもない。たまたまのタイミングで、至極当然のことをしただけなのだから。
「ワシャ釣りをしとっただけじゃ。言いたかないが今失業中でな。暇を持て余しとるとこに、たまたま溺れたチビがかかったんじゃ。助けるも何もないわいな。どうでも礼をすると言われて来てみればこのザマじゃし、正直反って迷惑しとるが、こいつはお前さんには関わりない話じゃ」
「大有りよ。何せあのコ、アタシの妹だから。ちゃんとお礼したいの」
「何!?お前さん、オーナーの娘か!何で客をとっとるんじゃ?必要ないじゃろう!?」
思わず大きな声が出た。
ラビュルトが締まった腰に両手をあてて首を傾げる。
「それ、アンタに説明しなきゃいけない事?」
「いや、いい。こんな礼ならますます要らん。ワシャ気分が悪うなった。帰らせて貰う。娘ならキツく言われる事もないじゃろう」
キャップを目深く被って立ち上がると、ラビュルトの灰色の瞳が真っ直ぐ目に入った。
改めて背が高い。同じくらいの丈だ。
「気を悪くしたなら謝るけど、でもアンタ、この街に居着くならまた必ずアタシに会うわよ?気まずく別れるのは止めとかない?」
「ワシャ気まずかないが」
素っ気なく答えると、ラビュルトの淡紅の眉が下がった。
「アタシが気まずいのよ。誰かに嫌われてるかと思うと滅入っちゃう」
「誰もお前さんを嫌いじゃとは言うとらん。ワシャ気分が悪いだけじゃ」
灰色の瞳がぐっと細められた。緑色の虹彩が色濃く閃く。