第8章 There is no place like home.
腹が減らず差し当たり夕飯の当てはないものの、何かしら買い込んで帰ろうとカクはストア街へ足を向けた。
ひとり分の些少な食材を買い求め、市場が立つ通りに近い部屋に帰る。ラビュルトの部屋程ではないが、海に間近い眺めのいい部屋だ。
トマトと魚を煮込む匂いがする。何処かの部屋の夕飯の匂いだ。
海辺に腰を据えるんなら、魚にも馴染まんといかんかのう。・・・まぁウォーターセブンでも結局肉好きのまんまじゃったから、そう簡単にゃいくまいが。
考え込みながら部屋の前に立ったカクは、煮込みの匂いがそこから流れているような気がして戸惑った。
「・・・気のせいじゃな。あり得ん」
呟いて手をかけたドアが勢いよく開いた。
「・・・・・・!?」
咄嗟に構えたカクは、目を見開いて手を下ろした。
「おかえり」
ラビュルトがいる。
ホリゾンブルーのTシャツにタイトなブラックデニムパンツ、出掛けとは打って変わった格好のラビュルトが、ソバカスの散った美しい顔でにんまり笑ってカクを見る。
踵を三回鳴らして家に帰ったあの少女が扉を開けて現れたかのような、懐かしさと嬉しさと驚きにカクは呆然とした。
何を思う間もなく、腹から口に言葉が湧いて、転がり出る。
「ただいま」
「うん。おかえり!」
もう一度言って笑ってから、ラビュルトは灰色の目を細めた。
「アタシ、アンタとこういう事がしたいのよ。・・・駄目?」
「・・・駄目も何も・・・お前さん、仕事はどうしたんじゃ」
事態がうまく呑み込めないまま、間抜けた声で問うたカクに、ラビュルトはあっけらかんと答える。
「休みにしちゃった」
ぐっと詰まった。
「・・・ラビュルト、そりゃズル休みだわいな。そんな事じゃいかんじゃろう?」
「あら、休みは必要よ?」
ラビュルトの大きな口から白い歯が溢れる。
「特に、誰かを好きになりたてで、色んな事を知りたいときには」