第8章 There is no place like home.
夕間暮れの中、ひとり歩いて帰るのは思いの外心寂しい事だった。
飾り窓から身を乗り出して無邪気に手を振っていたラビュルトの姿を思うにつけ、苦笑いが浮かぶ。
あれがラビュルトの仕事だ。
カクが周囲を欺き、仲間を裏切ってまで果たそうとした仕事と同じように是非はない。努める事に意義があるのだ。
肌を合わせ、手を取り合って跳んだ。
体のすぐ外側をピタリと覆う大気のように、空を切って跳ぶ身に伴う風のように、跳び降りて不意に感じる穏やかな地面の空気のように。
この上なく好ましく、どうでも必要なもの。
そういう女にぶつかった。
その女の仕事を否定したくはない。したくはないが頭が煮える。
「あまり考えん事じゃな」
呟いてキャップの庇にかけた手から、薄荷が香った。ラビュルトの移り香だ。
「・・・クソが・・・」
舌打ちして唇を引き結び、カクは足を速めた。
こういう時はサッサと寝るに限る。
街並みが夕陽を受けてマンダリンオレンジに染まっている。
家路を辿る夕食前の穏やかな空気の中、思いもよらず独りである事が身に染みて、カクはまた苦笑いした。
何じゃったか、子供の頃観た映画にあったのう・・・
幼少時から同じような年頃の子らと特殊な訓練を積んできたカクに、子供らしい幼い思い出は多くない。その中で光彩を放つのが、珍しく観せられた一本の古い映画だ。皆で口を開けて見惚れたあの映画は何と言ったか。
There is no place like home!
おうちが一番。
ソバカスの少女のあの言葉。帰る家もないのに、カクは少女の気持ちがわかる気がした。胸がギュッとなって訳もなく泣きたくなったのを覚えている。
あの少女には帰ればおかえりと扉を開けてくれる家族がいるのだ。
カクも帰りたいと思った。何処ともわからない家に。
やれ、懐かしいのう。
フと笑みが溢れた。
おかえりと言われたかったんじゃな。ただいまと言いたかった。何のかんの言うて子供らしいとこがあったわけじゃ、ワシにも。