第29章 水が流れ出す
「何でアチシがヤカンなんかに謝んなきゃなんないのよ!?しかもこのアチシについでに、ついでに謝るっつ何なのよ!言語道断だわ、このバカヤン!!」
不意にカヤンが口を引き結んで、カクの陰に回り込むように一歩下がった。それに気付いたカクの目がラビュからカヤンに、そしてカヤンの視線の先に移る。キャップの下の丸い目が、スッと細くなった。
「…初めて見たが覚えのある……」
カクの洩らした言葉にボン·クレーが右の眉を大きく跳ね上げた。腕の中でモジモジ動き出したモモを抱き直し、呆れ顔で二人をビシッと指差す。
「アンタまでケトルをまともにご存知ない!?もォ、何なのアンタら、付き合い辛いわねィん!」
「この世にお前程付き合い辛いヤツがあるものか?ボン·クレー」
錆びて嗄れた声にボン·クレーは盛大に頷く。
「そうよン!この世にアチシ程付き合い辛いヤツなんている訳ないじゃなーい!…て、何だとコラ!」
勢いよく振り向いたボン·クレーは、ゼラニウムレッドのドレスを見止めてギクリとした。
パッと顔を上げた真ん前に見覚えがなくもない顔が突き付けられた。
「久し振りだな、このクソ小童。覚えてるか、このアタシを」
「ぅえええええ!!??何でアンタがこんなとこにいんのよ!?アンタ砂漠から出たら干乾びて死ぬんじゃなかったのン!?」
余人の二三歩の幅を一歩で後退り、カヤンの隣まで下がったボン·クレーが素っ頓狂な声を上げる。
初老の、しかししたたかに美しい女がにんまり口端のシワを深めた。
「相変わらず馬鹿な事抜かすな、お前は。やり返しがいがあって何よりだ」
「うわぁおぅ!!」
ボン·クレーは大きな手を左右にブンブン振って、ついでに頭も広い会場の隅まで吹っ飛びそうな勢いでブンブン振った。
「いややややや!知らない!知らないわよン、アンタなンか!アチシババァに知り合いは作んない主義なの!そこらへん後腐れない方なのよねン!ねッ!」
「ねッじゃないわ!散々人を愚弄して、そんな下らん言い逃れが通用するか、このバカオカマ!」
「ババ、バカオカマァ!?ざけんじゃないわよ、クソババァ!オカマなめんな、泣かすぞゴラァッ!?」
「待て、止めろ。場を弁えんか」
カクが二人の間に割って入った。