第25章 パートナー(仮)
「礼など要りません」
ジャンはグラスをテーブルに置いて首を振った。
「ラビュルトは私達の娘です。長く俯いていたラビュに前を見る事を教えたのは私と妻のマリィ。ラビュを常に癒やして繋ぎ留めて来たのはソマオール。私達は家族です。今更ラビュに関わるのは止めて下さい」
「誰が家族だって?勘違いすんじゃねえ」
ドフラミンゴがジャンの置いたグラスを組む足でなぎ払って口角を上げる。
グラスは毛足の長い絨毯に落ちて、割れる事なくジャンの足元へ転げた。
「ラビュルトは俺のイトコだ。俺のクソ親父のクソ兄貴が召使いに手を付けて産ませたガキなんだよ。オメエらとは何の関係もねえ」
「…私に関係なければあなたにも関係ない…」
足元のグラスを拾い上げてテーブルに戻し、胸元のポケットから出したハンカチで手を拭おうとして止めたジャンが、僅かに笑った。
ハンカチの四隅にナイフとフォークの刺繍がある。
「あなたはさっきそう言いましたね?」
「それが何だ?」
「ラビュがあなたのイトコだという事はさしたる問題ではなさそうだ。あなたは自分の為にラビュを探し当てたのではないのではありませんか?」
「…どうやらオメエも馬鹿じゃねえようだ。色々教えがいがありそうで嬉しいぜ」
依頼を持って来たベンサムの忠告。
ハンカチを戻しながらジャンは眉をひそめた。
依頼人はラビュルトに大層興味があるらしいから気を付けろと、明後日の方角を見ながら言った彼にも何か事情があるのだろう。小さな頃からラビュルトを知るベンサムは、憎まれ口を叩きながらラビュとその生い立ちをずっと気遣って来てくれた。
しかしその忠告は活きなかったと言える。ジャンは、そして多分忠告したベンサム自身も、明らかに事態を読み違えてしまったようだ。
ラビュルトに興味のある男は少なくない。それなりの地位や権勢を持つ彼らが、時節毎にバカンスに訪れては半ば本気でラビュルトを口説くのはいつもの事だ。
そのせいでこの依頼人もそうした男の一人、分限ある金持ちの気紛れと決め付けてかかったのだ。
話は俄然きな臭くなって来ている。
ドフラミンゴの不遜な顔を見ながら、ジャンは家族を思った。マリィを、ソマオールを、姉妹達を、そしてラビュルトを。