第41章 番外編 F6 十四松先生と二重奏を コーダ
第一楽章は、わたしと先生の日常を。
第二楽章は、二人の恋心を。
そして、この第三楽章は——わたしの三年間をありったけ詰め込んでくれていた。
楽しかった思い出がどんどん蘇る。
だけど、先生を表現したフレーズは出てこない。
それはきっと、先生の目から見た、わたしの三年間を描いてくれているから。
涙でマウスピースが滑りそうになりながらも、必死に楽譜を追い続ける。
曲はだんだんと静かに、優しい夜のような雰囲気に変わると、三拍子のワルツになった。
わたしのメロディーに寄り添うハーモニーはきっと、
(一松くん…)
あの人しかいない。
だって、その優しいメロディーは、どこか懐かしさを感じたから。
一松くんと手を繋いだぬくもりを思い出したから。
「ぼくね、何となく分かっていた」
先生は、左手でワルツの三拍子を、右手で優しくもどこか儚げな旋律を奏でる。
「キミ、本当は一松の事も好きだったでしょ」
そんな事、言わないで欲しかった。
気づかせて欲しくなかった。
わたしが一松くんを好きだったなんて。
先生は、優しさでわたしの心を傷つける。
「ある日を境に、キミの音色に少し陰りが生まれた。青春の光と影をキミは胸に刻み、一層魅力的になった。そして、キミはぼくを選んでくれた。一松ではなくぼくなんかを……」
ピアノのタッチで生み出された優しい旋律から、松野先生がどれほど一松くんを好きかが伝わってくる。
先生は少し目が赤くなっている。
わたしの目から涙がとめどもなく溢れ、こぼれ落ちた。
それは、身勝手な涙だった。
一松くんを傷つけたのは、わたしなのだから。
でも、泣き続けた。
どうしても、泣くのを止める事が出来なかった。