第38章 ※番外編 F6 十四松先生と二重奏を 第一楽章
音楽室に入ると既にみんな帰った後だった。
いつも一緒に帰る子も、わたしの姿が見えなかったから先に帰ったと思ったのだろう。
わたしは食べた後だったのでうがいを済ませ、楽器棚からケースを取り、トランペットを出した。
鍵盤を叩いてもらい、軽くチューニングをする。
「ええと、この曲…まだ曲名が無いんですね」
「まぁ、完成するまでは『トランペットとピアノのソナタ』って事にしておいてよ。まだ分からない事だらけだから一楽章しか出来てないし」
「分からない事?」
わたしの問いに答えずに、松野先生はいきなり前奏を弾き始めた。
「わぁっ!ま、待って!」
わたしは急いでマウスピースを口にあてがう。
蒸し暑い音楽室で二人きり、初めての二重奏が奏でられる。
〜〜♪
〜〜〜♪
(すごく…楽しくて可愛い曲…)
音符が無邪気に跳ね回り、わたしの指が追いつかなくなると、松野先生は声をあげて笑った。
明るくて可愛らしいトランペットのメロディーを、ピアノが優しく導いていく。
そう思ったら、今度はピアノが不思議な旋律を奏で始める。
(この旋律って…!!もしかして!!)
ピアノの右手が突然、野球応援のファンファーレを真似たメロディーを弾き始めた。
笑って吹けなくなりそうになり先生を見ると、してやったりな表情でウインクを飛ばしてきた。
そんなピアノのメロディーを、トランペットが阻止するかのごとく冒頭の跳ね回る旋律を奏でる。
(まるで、この曲は…)
わたし達は、楽譜の上で夢中になりながらじゃれ合った。