第35章 番外編 F6 チョロ松と専属メイドの秘め事(長編)
「大丈夫かい?」
「あ……」
耳元に優しい声色が響く。
一瞬の出来事な筈なのに、時が止まっているような奇妙な感覚に囚われる。
燃えるような赤い髪がわたしの頬を撫で、たくましい腕が、背中をキツく抱きしめる。
腕を、ほどかないと。
離れないと。
「も、もう大丈夫なので、離してくだ」
「もう少し」
「!!」
「お願い…もう少しだけ、このままでいさせて」
腕に力が込められ、おそ松様に背中を掻き抱かれる。
「今だけでいい。今だけでいいから、僕を——見て」
「おそ松様……?」
わたしを抱くおそ松様の腕が震えていた。
それは、今まで見たことのない、鉄壁なリーダーが初めて見せた弱さだった。
どうして、震えているの?
どうして、わたしなんかを…。
「ごめんなさい…わたし」
「僕が、君を幸せにしたい」
「…っ!」
息が詰まるほど強く抱きしめられ、苦しくて声が出せなくなる。
「…やめ、て…!」
「一目見た時から君が好きだった。君の、その…純粋な瞳に心を奪われた。なんでチョロ松なんだって、ずっと苦しかった。でも、もう自分に嘘をつけない!!」
「!!」
「僕は、君の隣にいたい!!」
受け止めることの出来ない彼の深い想いに、なぜだか涙がとめどもなく溢れ、視界がボヤけていく。
でも、わたしは見つけてしまった。
黒いリムジンから降り立つ、新緑のような美しい髪。
一番会いたかったけれど、一番今会いたくなかった人が——
わたし達を見ながら、遠くで立ち尽くしていた。