第35章 番外編 F6 チョロ松と専属メイドの秘め事(長編)
チョロ松様がコーヒーを飲み終わるまで、わたしは本棚の整理などをして待っていた。
数分後、カチャンとカップをソーサーに置く音が小さく聞こえる。
「おさげしますね」
「ごちそうさま。とても美味しかったです」
「恐れ入ります」
「——あ、あの、主さん」
チョロ松様の顔が少しだけ赤らんでいる。
「はい。何でしょう?」
「そ、その…お願いがあるのですが」
「何なりとお申し付けくださいませ」
カップを持ち笑顔で答えた。
「あ、ああああの、名前を——」
「はい」
(いつもと様子が違う。どうしたのかな?)
チョロ松様の瞳が戸惑うように揺らぐ。
「…呼び捨てに、しようかと」
「……あの、それってわたしのですか?」
「え、えぇ。随分長く私のそばで働いてくれているので…『主』と呼びたいのです。人は、呼び捨ての方が親しみやすいと文献に書いてありました」
赤らんだ頬を紛らわすかのように、本を手に取るとパラパラとページをめくりだした。
とても、嬉しかった。
でも、
「はい喜んで!わたしにはもったいないくらいのお言葉です!では、これからは主と呼んでくださいませ」
「ありがとう!では、私の事もチョロ松と」
「それは出来ません」
わたしが尊敬するチョロ松様を呼び捨てにするなど、思い上がりも甚だしい。
「え?」
チョロ松様の表情が、少しだけ曇った。