第74章 ぼくだけの姫君 四男END
家に着くと、電気もつけぬまま一松くんがわたしを抱きしめてきた。
薄暗い部屋に、聞こえるのは二人の呼吸。
ずっと焦がれていた、大好きな一松くんの匂い。
「ねぇ、電気は?」
「もうちょっとだけ…このまま」
「…わかった」
ぎゅっと腕の力が強まる。
「…………ごめん」
「…うん」
「傷つけるようなことして」
「…うん」
「おれ、怖くて…自信なくて…あいつにお前が盗られるんじゃないかって…だから…」
声が震えている。
きっと今も怖いんだ。
それなのに、逃げずにわたしに思いをぶつけてくれている。
安心させたくて、わたしも抱きしめ返した。
「さっき、犬飼くんといるの見られて、もう一松くんに嫌われちゃったと思った…」
「ぶっちゃけ心臓潰れかけた。でも逃げちゃダメだ、信じようって思って…。だから今…こうしてあいつの菌消毒してんの。……イヤだった?」
「消毒」が面白くて、首を横に振りながらふふっと笑うと、一松くんも笑顔になった。
暗くて見えないけれどなんとなく分かるんだ。
お揃いの表情だって。
「ね?そろそろ電気つけない?」
すっかり日が暮れて、部屋は真っ暗闇。
それなのに一松くんは「ムリ」の一点張り。
しばらく二人の攻防が続く。
「諦めて」
「やだ」
「いいでしょ話してんだから」
「納得できない」
「…いい加減察してくんない?」
「察するって何を?」
「そろそろ気づいてよ」
舌打ちが聞こえ、しばしの沈黙。
またご機嫌ななめにしちゃったかなと思っていたら、もの凄く小さな声でボソリとつぶやいた。
「……顔赤いの見られたくないんだよ」
「えぇっ?見たい!」
「ダメ」
スイッチへ腕を伸ばすも、すぐに捕まってしまう。
「恥ずかしいんだって」
大好きな声にふわりと包み込まれる。
愛しさと共に涙が溢れてゆく。